『私の仕事』のつくりかた —プロフェッショナルコーチ 土屋志帆の仕事—【インタビュー前編】

「これが『私の仕事』です」と言えるものを見つけた人に、そこにたどり着くまでの道のりや原動力となったものを尋ねるインタビュー連載。聞き手は「ライフスタイル」「医療」「食」など幅広い分野の取材を手がけるライターのやしまみき氏(構成・撮影も)。

仕事旅行で「アシュラワーカーになる旅」を主催している土屋志帆さんへのインタビュー(前編)です。(「シゴトゴト」編集部)。



コーチ、ワークショップのファシリテーターなどいくつもの『私の仕事』を持つワーキングマザーの土屋さんは、最近まで会社員でもあった。

「会社員という顔はなくなっても、その時々で新たな面が加わりますし、”アシュラ”であることはずっと変わらないでしょうね」

そう、多面的に働くアシュラワーカーは多くの顔を持つ阿修羅像がモデルだ。

自身がアシュラワーカーに至るまでは、模索の連続だったと言う土屋さんが、これまで働くなかで感じた理想と現実のギャップとは?

模索のなか、自分で見つけた答えとは?


動き出したのは「自分はどうしたい?」の問から


-新卒時は人材採用の情報会社に入社されました。なぜその会社に?

土屋(志帆氏※以下、土屋)  会社として何を扱うのかということと、どんな人と働きたいのかを考えました。 まず会社の人がすごく面白かったという印象があって、魅力的でした。

何を扱うかについては、お金とか、コンサルティングとかいろいろな選択肢があったのですが、”人”の部分に惹かれました。人の採用という部分ですね。
営業として外の経営者と会えるというのも、世の中を見たいという自分の欲求に合っているかなと。

-実際に働き始めていかがでしたか?

土屋 成績が上げられないことを上司に詰められたりして、しょっちゅう泣いていましたよ。 でも自分が納得して入った会社だったので、とにかくできることから必死にやるしかないと。数年間は模索し続けながらも、地道に働いていました。

入社4年目で、一営業マンから、初めてチーフとして自分のチームを持つことになったのですが、そのときもチーフとしてどうマネージメントしていいかわからず、悩んでいました。
さらにその頃、プライベートでは結婚、妊娠という大きな変化もありました。

-産休中にキャリアカウンセラーの資格を取っていらっしゃいますが、計画的だったのですか?

土屋 以前から勉強したいとは思っていたのですが、産休に入って「これから自分はどうしたいんだろう?」と改めて考えた結果です。
出産を挟んでの資格取得は、パワーがあるねと言われますが、出産がどういうものかを知らなかったのです。今思うと、ちょっぴり浅はかだったかもしれませんね。

-キャリアカウンセラーの資格を仕事にどう活かそうと思っていたのですか?

土屋 資格を取ること自体が目的ではなく、ましてやそれを給料アップにつなげようとは思っていませんでした。

私の仕事は、企業の人材採用のお手伝いをしていて、採用の入り口の話を法人側とするのが主。けれども、採用というのはもちろん個人の人生を左右するもので、個人の意思決定があります。
それは簡単に決められるものでないだろうという意味で、企業の先にある個人側の目線を知っておいたほうがいいだろうなと思ったのです。

日々生きていくのに精一杯だからこそ働き方を模索する


-産休明けはどのような働き方を?

土屋 実はプライベートで変化があり、職場復帰と離婚がほぼ同時だったのです。
シングルマザーとしては働かざるを得ない状況ですし、フルタイムで職場復帰しました。逆に戻れる職場があってありがたかったので、迷いはなかったですね。

ただ離婚を経験し、メンタル面で自己肯定感がすごく下がりました。周囲にもなかなか打ち明けられず、バリアを張るように、プライベートのことはあまり話さなくなって・・・。
この頃は、ヒリヒリしたような気持ちを抱きながらも、目の前の仕事に集中していましたね。

-シングルマザーでのフルタイム勤務は大変だったのでは?

土屋 幸い、同居の親が子育てを手伝ってくれたのですが、それは逆に、何時まででも働ける状況ということ。フルタイムで、残業もして、子どもの寝顔をみるだけの生活。

そんな生活でいいのかと、次第に思い始めました。

-働きやすいところへの異動や、転職は考えませんでしたか?

土屋 ワーキングマザーで転職はリスクだと、思っていました。

ちょうどリーマンショックもあり、会社自体も業績が悪化したり、リストラの話があったりで、動ける状況ではなかったのもあります。

自分の足元がそんな感じでグラグラしていましたから、日々生きるのに精一杯。

「どうなりたい」という立派なビジョンなど、まったく持てませんでした。でも、「働き方を変えなきゃ」という思いはあったので、残業を徐々に減らす努力をしていこうと。

-具体的には?

土屋 夜9時まで働いていたのを、「7時に帰ります」と残業しない宣言を周囲にしました。 もちろん業務の時間を圧縮するために、仕事を効率的にする工夫を探しながらです。

また、同じワーキングマザーの人たちと話す機会もあり、「やっぱり働き方についてもっと考えていかなきゃ」と、より強く意識するようになりました。 実は、女性の働き方については以前から頭のなかにあったのです。

学生時代にインターンシップをしているとき、小室淑恵さん(株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役)と出会い、女性が働き続けることの大変さや働くことの意味、自分らしい働き方について考えさせられた経験があったからです。

自分の興味を素直に認めて、やりたいことを見つける


-次なる行動は何を?

土屋 仕事内容についても考え方の変化がありました。キャリアカウンセラーとして、個人の話を聞くという仕事もしてみたいと思い始めたのです。 それで、人材紹介会社のキャリアカウンセラーに転職を決めました。
けれどもこの時期に、本当にやりたいことが別に見つかって・・・・・・。

-キャリアカウンセラーとは違う、やりたいことですか?

土屋 ええ。それがコーチングなのです。

-コーチングとの出会いは?

土屋 ワーキングマザー向けのワークショップで、コーチの方と出会い、コーチングに興味をもったのが最初です。それでもっと知りたいと思い、キャリアカウンセラーへの転職とほぼ同時に、実際に3カ月、自分にコーチをつけました。

自分がクライアントとしてコーチングを受けてみると、傾聴したり、人の思いに寄り添ったりするだけでなく、さらにそこからどうしたいのかに関わるコーチングがとてもパワフルに感じました。

と同時に、「コーチングを必要としている人はほかにも絶対にいる。自分がやりたいのはこれだ」というのが、わかったのです。

-コーチングとはどのようなものでしょうか?

土屋 ひと言で言うのは難しいですね。
例えば、負の部分をマイナスからゼロに持っていくというのはカウンセリングでできることかなと思います。

コーチングはもっとパワフルで、マイナスからゼロに、さらにどうしたいのかというところまで持っていくのです。
コーチは、あくまでクライアント自身が自分で答えを見つける力があると思って関わるので、アドバイスや意見をしません。

またコーチングでは、「今に意識を向ける」ことがポイントになります。

「今、どう思っているか」「今、何が気になっているか」、過去でも未来でもなく、今の感情を大事にし、言葉にしていくことで、思考がだんだんとクリアになっていくからです。


コーチングをしながら使うホワイトボードとマーカー。話を聞きながら、目に見えない対話をグラフィックや図などに落とし、見える化する。

乖離の苦しさこそ次なる実現への出発点


-仕事と本当に自分がやりたいもの、その両方にどう向き合ったのですか?

土屋 転職が決まったばかりでしたし、「キャリアカウンセラーの仕事も実際にやってみないとその世界がわからないだろう」という思いがありました。

一方、コーチングも勉強を始めたばかり。
ですからキャリアカウンセラーの実体験を積みながら、コーチングの学びを続けていくことにしたのです。

-二足のわらじですね。

土屋 ところが、両方やればやるほど、違うものだというのがわかってきて、それが自分を乖離させるような心の痛みになったのです。

-それはどういう乖離でしょうか?

土屋 キャリアカウンセラーとしての役割は、もちろんご本人の希望も引き出し転職者の仕事をご提案し決定することです。

選択肢は求人票の中。ときには複数の選択肢について、条件を一緒に整理してあげることもあります。給与交渉もそう。もちろんそれは大事なことです。

一方でコーチングをしていると、仕事選びの背景にある、いろいろな人との関係性やお金、家庭環境など様々なことについても深く取り扱います。すべては繋がっていますから。深い闇に向き合うこともあります。

コーチはその人の価値観からの選択を支援します。ときには世の中にない仕事をつくることだってある。

ご本人が自分への投資として覚悟を持ってコーチングを受けられているため、コミット感とその後の起こることへの責任感が格段に違います。 肌感覚のようなものかもしれませんが、自分には両方が違うものだと感じたのです。

-やりたいことを仕事に、と思いませんでしたか?

土屋 いいえ、コーチで食べていけるかどうかわかりませんし、今は独立を選択するときじゃないと。

全然先のことはわからないけれど、コーチングの勉強は止めちゃいけないということだけわかる。だから自分がよりコーチングを使えるようになるために、プロフェッショナルコーチの資格を取ることを決めたのです。

-乖離の苦しさとはどう折り合いをつけていましたか?

土屋 折り合いはついていませんでした。気持ち的に割り切り、それぞれの顔を分断して持っていたというのが正直なところです。だんだんと多重人格のような感覚になっていました。

ただ、このときの心苦しさはのちのアシュラワーカーの原点になりました。

つまり、会社員の顔、母親の顔、コーチングを勉強している顔、自分のなかではいろんな顔があるのだけれど、それを表に出せないことが、こんなに苦しいものだ。この乖離をどうにかできないかという思いです。


聞き手・構成・写真:やしま みき(ライター)

後編は明日(火)公開の予定です。


プロフィール(インタビュアー)
やしま みき

ライフスタイル、医療、食など幅広い分野の取材を手がけるライター。anan、婦人公論などの女性誌、書籍、ウェブでの取材記事をはじめ、ナレーション、イベントの構成台本まで活動範囲は多岐にわたる。『永遠に「キレイ」を続ける方法』(前田典子・光文社刊)、『美人は食事でできている』(石原新菜・宝島社刊)など、書籍の編集協力も多数。

読みもの&連載もの:2016年02月08日

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