2018年07月03日更新

あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.1:ゲーソナルコンピュータ

新連載。お笑いコンビ「あわよくば」のファビアンさんが妄想の赴くままに書き綴る、仕事をテーマにしたショートショートシリーズ第1弾。通勤電車などでお楽しみください(編集部)

10月になった。今年の社員旅行の行き先は山陰だった。

初日は出雲空港に降り立ち、社員全員で出雲大社にお参りした。伊勢神宮と並んで、日本を代表する大きな神社。縁結びで有名なこともあり、カップルや夫婦で参拝している人が多かった。羨ましく思いながら、独身で恋人もいない僕は「イカした女性と知り合えますように」と心で願った。

その時である。僕は主祭神である大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の声を、確かに聞いたのだ。

『お前、恋人が欲しいのか?』
「え?」
『恋人が欲しいんだな』
「は、はい」
『しかし、イカした女性ではワシもわからんぞ。どんな子が好みかね?』
「え、あ、美人な子がいいです。すぐにでも欲しいです」
『美人というと、お伊勢さんの天照大神のような人かな?』
「神様で例えられえてもわからないんですが……」
『では、お前の隣で参拝しているニューヨーク・ヤンキースのキャップを被った子かな?』

ヤンキースを知ってるのか、と思いながら隣に目をやると、そこには中学生くらいの女の子がガムを噛みながら二礼していた。確かに顔立ちは整っている。

「あ、いや、ちょっと若すぎるんですが……」
『わがままなやつだな、もっと具体的に言いたまえ』
「えっと、美人というかハーフのような感じで、25~30歳くらいで、結婚前提に付き合うことができて、透明感があって、気が利いて、頭が良くて、おしゃれで、よく笑って、2人の時には甘えてくる時もあるけどみんなの前ではそうでもなくて……」
『もういい、もういい、わかった』

その時「三浦、何をぶつぶつ言ってんだ」と、部長の声が聞こえた。くそっ、せっかく神様と喋ってたのに、水を差さすなよ。僕は名残惜しさを感じつつ境内を後にした。最後に『まかせなさい』という大国主の声が聞こえたような気がした。

それから鳥取に移動して旅館にチェックインし、宴会が始まった。地酒を飲み、名物を食べる。特にケンサキイカの刺身が絶品だった。さらにプログラムはビンゴ大会へと進み、僕は何と一等のノートパソコンを当ててしまった。多少社員旅行の企画にも携わっていたので貰っていいものかと戸惑ったが、頂くことにした。ちょうどパソコンの調子が悪かったからである。酔っていて良く覚えていないのだが「一生大事にします」とコメントしたのは記憶にある。

イカした子との初対面は、その日の深夜のことだった。僕は尿意をもよおし、ゆっくりと目を覚ました。だがまだ酔いが残っており、頭がぐわんぐわんする。起き上がりたくない。我慢だ。トイレは朝にしよう。

僕はもう一度寝ようと、布団をかぶった。だが中々寝付けない。手にずっと妙な違和感を感じていた。左うで全体に何かがまとわりついて引っ張られているような感覚。僕は必死にその何かを振り払おうと腕をジタバタさせたが、奇妙な感覚は拭えなかった。

完全に目が覚めたので、右腕でリモコンを探し電気のスイッチを押した。すると息を飲む光景が目に飛び込んできた。先ほど貰ったパソコンからイカの触手が1本伸び、左腕に巻きついていたのである。

「ウェエエええええええええええ」

思わず大声を出してしまった。そして何とか振り払おうと、力の限り左腕を上下に振った。しかし吸盤の力が強く簡単には取れない。何とか一つ一つ外し残り数個となったところで、壁に向かってピッチャーのように投げた。宙を舞うノートパソコン。よかった、何とか振りほどくことができた。しかし安心したのも束の間。衝突する瞬間、パソコンの側面から10本の触手がニュッと姿を現し、ベチャーッと壁にへばりついたのである。

壁を這うパソコンを眺めているとドンドンドンドン、と誰かがドアをノックする音が聞こえた。開けると、そこには部長のほか3人の社員がいた。

「三浦、大丈夫か? うなされていたのか?」
「パ、パ、パソコンからイカの足が……」
「は?」

とりあえず見てもらおうと、皆を壁の前まで連れて行った。だがそこには、何の変哲も無いノートパソコンがただ床に横たわっていた。

「お前、酔いすぎだぞ」
「よっぽど変な夢見たんだね」
「ほんと夜中にいい迷惑」

口々に言われたので、信じてくれというのも億劫だった。僕がいくら熱弁しても変なやつだと思われて終いだろう。確かに触手を見たのに……。

結論から言うと、やはり僕が正しかった。皆を廊下まで見送り部屋に戻ると、パソコンの画面が開いていた。近づくと文字入力ソフトが起動された。そして先ほどの10本の触手が再び姿を現したのである。驚いたのは、キーボードを高速でタッチし始めたことだ。カタカタカタカタ。

『初めまして。驚かせてしまってごめんなさい』

僕は唖然としたが、いったん全てを受け入れることにした。昼間、神様と対話したんだぞ。何が起きても不思議ではない。僕はパソコンに向かって話しかけてみた。

「君はパソコンなの?」
カタカタカタカタ『イカとパソコンのハーフです。ゲソコン、かな!?』

驚いたが質問を続けた。

「何て呼べばいいの?」
カタカタカタカタ『ゲソコでお願いします』
「女の子なんだ。ゲソコちゃんは生きてるの?」
カタカタ『はい』

エンターキーを見ると、心臓の鼓動のように脈打っていた。

「ここ押したら、どうなるの?」
カタカタ『えっち』

僕は自分の頬が赤くなっていくのがわかった。何で照れてるんだ、相手はパソコンだぞ。ゲソコはまたカタカタとキーボードを打ち、そこには『可愛いね』と書かれていた。

「からかうなよ」

ゲソコは『ごめんね笑』と入力するとUSBジャックから、ピュッと墨を吐いた。どうやら彼女は笑っているみたいだ。

僕は「何でさっき隠れたり出てきたりしたの?」と尋ねてみた。するとゲソコは『2人の時には甘えてくるけど、みんなの前ではそうでもない子が好みなんでしょ?』と入力し、また墨を吐いた。なるほど、ハーフで、イカだから透明感があって、パソコン打てるし頭が良くて、よく笑って、2人の時には甘えてくる時もあるけどみんなの前ではそうでもない。そんなイカした子とすぐに出会えた。

イカしすぎだけど。

僕は再び布団に入り、少し眠ろうとした。するとゲソコは僕の隣で布団に入り、触手を僕の小指に絡めてきた。恋人繋ぎというやつだ。とりあえず今日はこれでいいか。僕は一連の出来事で疲労していたが、触手の体温にも似た生暖かさと、ボディの電気的な温かさにつつまれ、よく眠れた。

社員旅行はそれから3日続いたが、日中、ゲソコはほとんど姿を表さなかった。夜、僕が1人になるとウニュッと出てきて画面越しで会話をした。生きているので充電は必要なかったのだが、エサは必要だった。僕は売店で乾いた桜エビを買って充電口から与えてみた。するとゲソコは飛び上がり部屋を跳ね回った。僕もゲソコのはしゃぎっぷりを見て何だか嬉しくなった。

帰りの新幹線では、カバンの中のゲソコが少しだけ触手を出し、指輪のように薬指に巻きついてきた。その仕草が愛おしかった。

それからというもの、毎日ゲソコと過ごした。仕事では助けてもらうことも多かった。ゲソコと会話しながらデスクトップの半分を使ってファイルを開き、作業をする。プレゼンのカンペや資料は誤字脱字があれば夜中に直しておいてくれた。時間がない時には、内容を口頭で説明すると翌日には完成していることもあった。僕の作業能率は格段に上がり、重要なプロジェクトを任されるようになった。ゲソコに報告するとカタカタと「やったね」と書き、触手をうまく使ってハートを作ってくれた。

また急にプリンターのインクが足りなくなったときには、ゲソコは大活躍した。会社のトイレに行ってゲソコをくすぐり、たくさん笑わせて大量の墨を吐いてもらった。それをペットボトルに詰めてフロアに戻り、プリンターに注ぎ込んだ。ちょっと香ばしいプリントが完成して驚いたけど、ほかの社員は僕が墨を持って現れたことにぎょっとしていた。

休日は家にいることが増え、ほぼ同じ空間で同じ時を過ごした。朝から晩までゲソコと会話していた。時にはイラストレーターを使って可愛いイカのキャラを描き、それを動かしてくれた。僕はそんなゲソコのお茶目な部分にも惹かれていたのである。

また、たまに1人でコンビニなどに行って帰ってくると、ゲソコがかくれんぼを仕掛けてきた。吸盤で空間を自由に移動するので、天井や壁も全てが対象エリア。クローゼットの天井の端にいた時は発見するのに2時間くらいかかった。途中で一度諦めてテレビを点けた時、実はゲソコは凹んでいたらしい。
 
しかし僕らの平穏な日々は長くは続かなかった。

僕が飲み会などから帰ってくると、ゲソコが起動し「どこいってたの? 女の子はいたの?」などと聞くようになってきたのである。あった事を正直に話しても腑に落ちないのか、全く信じてくれない。「何もやましいことがなかったと証明して」などとカタカタ入力するのだ。とても面倒くさかった。そんな時には冷静になってしまい「イカじゃん」とか「パソコンだしな」とか思ってしまうのである。さらにはこれ以上ゲソコに深入りすると、元の生活に戻れない気もしてきた。

だが確かに彼女に愛着はある。だから僕は飲み会には連れていくことにした。友達から何故ノートパソコンを持ってきているか不思議がられたが、仕方あるまい。

何度目かの飲み会で、僕はある女の子といい感じになった。飲み始めて4時間ほど経ち、自己紹介やゲームが一旦落ち着いたところで、好みの女の子がほろ酔いで僕の肩にもたれかかってきたのだ。名前はホタルちゃんというらしい。こんな事は僕の人生ではそうそうなかった。チャンスを逃すわけにはいかない。幸い、ゲソコの入っているカバンは椅子の下の収納に入れてあった。何をしてもゲソコにバレることはないだろう。僕はホタルちゃんの手を触り、自然なタイミングで繋いだ。彼女は小さい声で「酔っちゃってごめんなさい」と謝ってくる。最高に可愛い。その時、座っている椅子がガタっと動いた気がした。しかし僕は酔っ払っており、気にも留めなかった。そして友人がトイレに行った瞬間を見計らって、キスをしようとした。

その瞬間だった。

体がふわっと浮いた。お尻から担ぎ上げられる感覚だった。なんと椅子の下から、間欠泉のごとく墨が吹き出したのだ。僕はホタルちゃんの手をとって、別のテーブルの上まで避難した。そして唖然としながら様子を見ていた。目の前には慌てふためく他の客と店員たち。鳴り響く消防ベル。ホタルちゃんは恐怖で真っ青になっていた。店中を多い浸してゆく大量のイカスミは、イカの涙にも見えた。いや、もしかしたらイカのイカりだったかもしれない。

事件は翌日のワイドショーでも取り上げられた。原因不明の謎の墨。どのチャンネルでも学者がわかったような顔で解説していたが、どれも的を得ていなかった。

そりゃそうだ。イカスミの成分を調べてみると、パソコンに含まれる鉛、六価クロム、水銀、カドミウムなどが含まれているんだから。防犯カメラの映像には、目を見開いた僕と腰を抜かしているホタルちゃんが写っていた。僕らはそのVTRをホテルのベッドで並んで見ていた。

家に帰ると机の上にパソコンがいた。「ゲソコだ!」と思い近寄ったが、いつものように起動することはなかった。僕はスイッチを入れ、文字入力ソフトを開いた。そこには「幸せになってね」と、書かれていた。文字のフォントは、デフォルトにはないイカの足であった。これが僕とゲソコの最後の思い出である。

それから数年たった10月、僕は出雲にあるホタルの実家に結婚の挨拶に行った。彼女の父親が厳しい人だと知っていたが、縁談が上手くいったのはお土産にスルメを持っていったからかもしれない。帰りはもちろん出雲大社に寄った。この時知ったのだが、10月になると出雲大社には全国各地から神様が集まってくるらしい。神無月ではなく、神在月。僕が喋ったのは大国主大神ではなく、イカの神様だったのかもしれない。

作:ファビアン(あわよくば)

※このお話はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり実在のものとは関わりがありません
連載もの: 2018年07月03日更新

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