2018年03月15日更新

【厳選過去記事】24歳で退職、ゼロから陶芸作家を目指したときに考えていたこと

※読み物セレクション by 仕事旅行。これまでに公開したものから厳選した記事を再掲していきます。初出:2016年02月11日

こんにちは、インターンの島田です。

「仕事旅行社という会社でインターンをしていてね…」と友人に話すと、「いろんな仕事に触れられるなら、今のあっこ(友人にはこう呼ばれています)にはぴったりだね!」とよく言われます。なぜなら現在私は大学3年生。世にいう“就活生”です。

仕事旅行社の旅先を見ると、その仕事も働き方も本当に多種多様。インターンという立場で体験の様子を取材したりと日々いろんな働き方を垣間見ています。

ただ実を言うと、たくさんの選択肢があることを知ってしまうからこそ、「どっちに転んだって、その先でなんとでもなるんじゃないだろうか?」なんて、結局“これ”ということが見つけにくい…という思いも。

そんななか先週お会いしたのが、陶芸作家になる旅のホスト、大槻智子さんです。



ある会社の企業研修として開催された体験に同行したのですが、そこで語られた大槻さんの仕事観…というよりむしろ“生き方”は「陶芸家」という職業を超えて響くものがありましたのでご紹介させてください。

「そうだ、”私らしさ”を忘れてた!」そんなふうに、私に“自分らしい働き方”について考えるきっかけをくれたお話でした。

悩むという”妄想”はなるべくしない




大槻智子さんが陶芸作家への道を歩み始めたのは、24歳のとき。3歳の時にご兄弟の通っていた絵画・造形教室について行ったことがきっかけで物作り、アートに魅せられ「将来は画家になって家を買う!」と夢を描いていた時もあったのだとか。にこにこと笑顔でお話される姿に、当時の面影を感じるようです。

高校でも美術を専門に学び、短大ではインテリアを専攻。しかし卒業を控えた頃に、高校の先生の影響もあり陶芸にも強く関心を持ち、さらに勉強するならお金を貯めようと、いったん就職したそうです。

「新卒で勤めたのは信用金庫。やりたいことをやるために軍資金つくり、ちょっとでも早く貯める為に節約生活を楽しんでいました。」

やりたいことのために、まずは、お金を貯める。そうしてやりたいことをやる・・・という話は聞くことがありますが、当時の大槻さんが目指していたのは「陶芸家として食べていくこと」。人によっては突拍子もないと思える進路かもしれません。

「いきなり退職しないでも・・・」と当時の大槻さんの周りの方々は思ったのでしょう。職場の人にも最初は退職したいとの思いを信じてもらえず、「若いから分かっていないだけだ。趣味にしておくように。」と反対されたそうです。



陶芸はゼロからのスタートだった大槻さんが退職を決断したのは、今の私とほぼ同じ年齢の頃です。周りの大人にそう言われたら、「確かに分かっていないのかも」と思い留まってしまうかも。そう思った私は、「そこまで自分のやりたいことを突き進められた理由はなんでしょう?」と訊いてみました。

「その人たちにとっての“幸せ”が、自分にとっての“幸せ”とは限らないと思うんです。違う人間なんだから、できることも、やり方も、何が正解なのかも違って当たり前。私は、私を信じてやろうとしました。」

本当に、その通りだなあと思いました。周りの人が何を言ったって、自分は自分なんだと思いました。周りの人が「こうして上手くいったよ」と言っても、自分が同じことをして上手くいくとは限らない。

それにしても大槻さんは、どうしてそこまで自分を信じられるのでしょう。思うようにいかないかも…そんな心配や悩みはないのでしょうか。

「良くない方への悩みは持たないように。無駄だと思うようにしている。もし、何か起きたら、その時にどうすれば良いか考えるだけです。悩むのって、起きてもいないことを妄想しているだけが多いから。だったら、動いてみたほうがよい。どうしたら上手くいくかの悩みはします。」

どんな人にも大小の違いはあれど、悩みはあるはず。そう思っていた私にとって、「悩みを持たない様にする」と言い切る大槻さんからは底知れぬエネルギーを感じました。

「何かあったら、どうすれば良いか考える。ダメと言われれば、“これだったら良いですか”って諦めないことが大事だと思います。」

この考えを象徴するエピソードが、陶芸の教室でアシスタントをしていた頃のこと。

作品を焼きたい…”だったら、これなら良いでしょう?”


無給で手伝いを初め、3ヶ月くらいでようやく受け取ったお給料袋には800円が。「たったこれだけ?」と戸惑いつつ「確かに今の自分にはできないことが多い」と実感。
さらに、力が入り、学ぶうちに、いくつかの作品が入選するようになります。

すると、さらに作品が作りたくなり、教室が終わった後や休みの日も、毎日終電になるまで、試行錯誤の製作をしていたそうです。

「たくさん作るので、教室の窯は、生徒さんの作品が先、という事もあり、長い事、窯に入らず焼く事が出来ない、作品が焼き上がらない時がありました。
けれども、はいそうですか、とは行かないでしょう。これなら入りますよね”って生徒さんの作品の間にも入るような形を作って、隙間にいれました。」

そんなふうに根性と熱意が結集され、普通に制作しただけでは思いもつかないような形をした作品が、なんとまたも入賞したそうです。諦めないこと、何とかしてみせようと考えることで、人間のホントの力が発揮されるのかもしれません。

その後も大槻さんの作品は様々な場で認められ、個展を開いたりテレビ番組で陶芸の講師を務めたりしながら、陶芸作家として活躍されています。パリ発のジュエリーブランドMISS BIBIとアクセサリーでコラボレーション、マレーシアのアーチストとのグループ展など、精力的に活動しているご様子です。



幼いころから好きだった「ものづくり」の道に進み、「30歳までに陶芸で食べていけるようになる」という目標を果たして生き生きと働く姿を前に、そんなふうに自分を信じて進む力があったらなあとうらやましくなりました。こればっかりは性格かもしれないなあと思ったところ、「仕事旅行社でインターンしているのだって、何か思いがあってでしょう。やりたいこと、もう行動に移せているんだと思うよ」と大槻さん。
その言葉に、「何か困っても、なんとか切り抜けてやる!」という”なんとかしてやる精神”が私らしさだった、と思い出させてもらいました。

私だけでなく、他の参加者の方々も大槻さんのお話には感銘を受けていた様子。「自分だったら、こんなふうに語れるようなことないなあ…」と、同世代の女性参加者の方々が声を揃えるなかで、大槻さんは言います。

「誰にでも、その人だけのストーリーがあります。私の生き方が特別なわけじゃないですよ。みなさんが語ったら、それぞれに素敵なストーリーがあるはず。そういうの、聞いてみたいなって思います」



自分には自分らしい生き方があり、それは「良い・悪い」で比べるものではないのだということを感じました。陶芸には、その人の人柄や心が現れるのだと言います。手を動かしながら、自分の心と向き合える時間がそこにありました。

【仕事旅行の体験はこちら】
陶芸作家になる旅
砂糖菓子みたいな磁器。陶芸家と土が作品になるひとときを共有する
神奈川県 / 月、火、木、金、土曜日開催

【大槻さんの活動拠点】
かまりや工房. 陶芸 Doronco studio(横浜)
読みもの&流行りもの: 2018年03月15日更新

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