2017年11月01日更新

「より“土くさく”生きたい」髙坂勝さんがそう語る理由とは?-仕事は人びとを幸福にするかvol.5-

「仕事は人びとを幸福にできるか」は、仕事を通じて幸せな人生を歩むためのヒントを探る連載企画。

今回インタビューしたのは、髙坂勝さんだ。池袋でOrganic Bar「たまにはTSUKIでも眺めましょ」を営むかたわら千葉県匝瑳市で米と大豆を自給する“半農半X”のライフスタイルを実践し、著書『減速して自由に生きる:ダウンシフターズ』や『次の時代を、先に生きる。-まだ成長しなければ、ダメだと思っている君へ-』にてお金を必要以上に稼がない生き方を提唱する髙坂さんに、仕事と幸福の関係について聞いた。

聞き手:山中康司(働きかた編集者)

“稼がない自由”とは


--髙坂さんが、著書『次の時代を、先に生きる -まだ成長しなければ、ダメだと思っている君へ-』のなかで提唱している“稼がない自由”とは、どういうことなのでしょうか。

髙坂:自分の望むライフスタイルを実現するにはいくらあればいいのか、という「ミニマルライフコスト」を計算し、必要な分だけを稼ぐという選択肢のことです。



もう少し詳しく言うと、「いい車が欲しい」とか、「高級ブランドのバックが欲しい」とか、あれもこれも買おうとするのではなく、自分にとって必要なモノやコトを見極め、自分で作れるモノ・出来るコトは自分でする。そして、どうしても買わなければならないモノやコトを手に入れるためにはいくら必要なのか、その分のお金を稼ぐにはどんな仕事をどれだけすればいいのかを考える。

そのように考えると、「実は働くのは週4日でもいいんじゃないか」「1日6時間労働でもいいんじゃないか」「1日これだけ売れだけばいいんじゃないか」ということが見えてくるので、その基準を満たすだけ働けばいいのです。それ以上は求めない。仕事の依頼が来ても、むしろお断りすることもできます。“稼がない自由”とは、そんな生き方の選択肢があるということをあらわす言葉です。

--ご著書のなかで、「The消費者からクリエイターへ」ということもおっしゃっていますね。“稼がない自由”を持つためには、自分で創造するということが鍵になるのでしょうか。

髙坂:そうです。例えば、我が家の門の開け閉めの扉が壊れた時、業者にお願いすると20万円以上でしたが、自ら試行錯誤して楽しくオシャレに作ったんです。材料費2万円で出費は1/10。18万円分、働かないで済み、自由時間が生まれ、知恵と技術も向上して、問題解決能力が上がります。DIYはクリエイティブです。今度、雨漏りを仲間と直します。DIYならぬ、DIO(Do It Ourselves=みんなでやる)です。自分たちの手で何かを作り上げていくのは本当に楽しいんですよ。


『次の時代を、先に生きる。 - まだ成長しなければ、ダメだと思っている君へ-』(ワニブックス)

--何でも消費する前提で考えるのではなく、自分たちで創造していく生き方にシフトしていく。そうすることで、使うお金が減り、“稼がない自由”に近づくということですね。

髙坂:ええ。かつての百姓は、クリエイターとしての生き方を実践していたんです。「米がダメなら野菜を作れ。野菜がダメなら漁に出ろ。漁がダメなら縄を編め」と。そうやって自分で必要なモノを創造していくことができると、必ずしもたくさんのお金が必要ではなくなりますよね。「The消費者からクリエイターへ」は、言い換えれば「生活の百姓化」とも言えるかもしれません。

“稼がない”と決めると「ありがとう」と言われる幸せが増す


-- “稼がない自由”という選択肢を選ぶと、他にどのようなメリットがあるのでしょうか。

髙坂:大きなメリットのひとつは、お客さんを絞ることができることです。必要な金額さえ稼げるのであれば、嫌な人をお客さんにしなくていい。僕の知り合いの税理士は、「タバコを吸う人や急用でないのに電話をしてくる人、5時以降に問い合わせをしてくる人はお断り」とキッパリ言っています。

--「お客様は神様」という考え方とは正反対ですね。

髙坂:ええ。だから無理に媚びたりしなくていい。自然体でいられるんです。

また、お客さんを絞ることは他にもいい点があります。お客さんに「ありがとう」と言ってもらえるということです。

例えばあなたがおまんじゅう屋さんで、先に紹介したミニマルライフコストを計算して、「200円のおまんじゅうを売って、1日2万円を売り上げればいい」と決めたとします。そうすると、1個のおまんじゅうを買うお客さんを1日100人相手にすればいい。それはつまり、100人のお客さんに「ありがとう」と言ってもらえるということです。

でももし、「1日2万円と言わず、とにかく稼ごう!」ということが目的になると、「200人に売ろう」「300人に売ろう」「隣の町にお店を出して1,000人に売ろう」となります。そうすると、売上は上がるけど、相手にする人数が増える分、一人ひとりの「ありがとう」の声はだんだん聞こえなってきますよね。

さらに、「スーパーにも卸して10,000人に売ろう」となったらどうなるか。賞味期限を気にしなくちゃいけなくなって、酸化防止剤を入れるようになるんです。考えてみてください。お母さんが子どもに作る料理に、酸化防止剤は入れないですよね。でも、顔の見えないお客さんにだったら、体に悪い酸化防止剤を入れることができてしまう。

そんな風に、“とにかくたくさん稼ぐこと”を目指すと、お客さんの顔が見えなくなって「ありがとう」の声が聞こえなくなり、さらには本当に良い商品を提供することもできなくなる、というリスクがあるんです。

--反対に“稼がない自由”を選択した時には、お客さんを絞れるので、お客さんに「ありがとう」と言ってもらう喜びを感じやすいということですね。

髙坂:僕もバーに来たお客さんに、「本を読んで価値観が変わりました。ありがとうございます」なんて言われると、これ以上の喜びはないと感じます。

マズローの「欲求の5段階説」というものがあります。人間の欲求には5つの段階があるという考え方ですが、一説によると、意図的に抜かれたもうひとつの欲求があると言われています。それが、「社会貢献欲」。つまり、誰かの役に立ちたいという欲求が人にはあるのだけれど、資本主義の邪魔になるから省かれてしまったのではないかと。真偽のほどはわかりませんが、確かに仕事を通して誰かの役に立って「ありがとう」と言ってもらえるのは、私たち人間にとって大きな喜びをもたらすはずです。

労働時間を減らすなら、経済成長しないことも受け入れるべき


--昨今議論されている長時間労働の是正については、どのようにお考えでしょうか。

髙坂:現在の長時間労働が更に深刻になると思います。例えば「売上目標は前年の5%増に、労働時間は10%減に!」では、多くの無理難題を強いられて、過労やストレスは増大します。売上は増やし、でも人も減らし、働く時間も減らし、なんて都合のいい方程式は成り立ちません。労働時間を減らす分、働く人を増やすワークシェアリングならわかりますが。

本当は、もう経済成長はしないという前提を受け入れること。人口減少分だけ経済が縮小しても豊かさは変わらない。企業の経営も、拡大一辺倒でなく、均衡や縮小も選択肢に入れると、様々な面白い未来像が描けます。

それは、政治や経済の話だけではなく、私たち自身にも言えること。「週休3日になったけど、給料は上げてほしい」というのではなく、労働時間が減った分給料が減るのは受け入れて、「その代わり、好きなことをやる時間が増えるじゃないか」と、ポジティブに捉えることができるような価値観に私たち自身が変わる必要があるのです。

より“土くさく”生きたい


--髙坂さんは現在、大豆や米を作るための田畑がある千葉県の匝瑳市と、経営するオーガニックバーがある池袋を行き来する働き方をしていますが、2018年の春から完全に匝瑳に拠点を移すそうですね。それはどういった理由からでしょうか。

髙坂:私のこれまでの人生を振り返ると、15年くらいの周期でライフステージが変わっているんです。中学生の時までは自分の意見を伝えることが苦手だったけど、高校生だった15歳からできるようになりました。次に30歳のとき、お金をたくさん稼ぐことをよしとするような人生に挫折して会社を辞め、34歳の時に自分のバーを開きました。そしてそろそろ45-48歳くらいなので、ちょうど次のステージにシフトする頃合なのかなと。

次のステージでは、匝瑳市で里山再生や、農業や、電気の自給に取り組んでいきたいですね。そういったことを実現するのは、今のように週4日も東京にいては無理なのです。

--なぜ農業や里山再生、電力の自給に注力して取り組もうと?

髙坂:「“より土くさく”生きたい」という気持ちがあるからですかね。今日も、さっきまで匝瑳で畑にいたので、爪に土が入ってるんです。この手がもっと汚れるような、土着的な生き方にシフトしたいと。



先日、倉本聰さんが東京新聞のインタビューで、「人を見るときに、爪が黒くなかったら信用できない」といったことをおっしゃっていました。私もそう思うんですよ。東京で白い手のままでいるのが気恥ずかしいという部分がある。爪が黒いのは、手足を動かして土に触れて、体全体で生きているということの証でしょう。私自身のあるべき姿は、そういうものなのかなと考えているんです。

もちろん、誰もが手が黒くなる生き方をすべきだとは思っていません。でも私は、爪が黒い人を本当に尊敬していますし、自分もそうなりたいと思っているのです。地域で循環する経済に、今まで以上に自ら入ってゆく。土着的に太陽と土にまみれて、とはいえ”粋”に、食べ物や電気や福祉を小さくクリエイトしてゆきたいんです。


髙坂勝さんのプロフィール

1970年生まれ。半農半BAR。脱サラ後、Organic Bar を1人で営み14年。徐々に休みを増やして週休3日。米と大豆の自給し、暮らしをDYIする NPO SOSA PROJECT を創設。脱成長やダウンシフトを提唱し、悩める人々を Re Life Re Work へ誘う。執筆や講演多数。著書『減速して自由に生きる ダウンシフターズ』『次の時代を、先に生きる』etc。脱成長MTG発起人/元 ナマケモノ倶楽部世話人/元 緑の党グリーンズジャパン初代共同代表

インタビューアー・プロフィール

山中康司(やまなか・こうじ)
働きかた編集者。「キャリアの物語をつむぐ」をテーマに、編集・ライティング、イベント企画運営、ファシリテーション、カウンセリングなどを行う。

当連載のバックナンバー
1:夢があったほうが人は幸せ?キャリア教育学者・児美川孝一郎さんに聞いた-仕事は人びとを幸福にするかvol.1-
2:幸福度ランキングは鵜呑みにしない方がいい?青山学院大学経営学部教授亀坂安紀子さんに聞いた-仕事は人びとを幸福にできるかvol.2-
3:働き方改革からすっぽり抜け落ちているものとは?慶應大学前野隆司教授に聞いた-仕事は人びとを幸福にするかvol.3-
4:「幸福を”Be→Have→Do”で考える。」成瀬まゆみさんが語る、働き方に悩んだ時にすべきこと-仕事は人びとを幸福にするかvol.4-

連載もの: 2017年11月01日更新

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