「仕事は人びとを幸福にできるか」は、仕事を通じて幸せな人生を歩むためのヒントを探る連載企画。
第4回は、33万部を超えるベストセラー『ハーバードの人生を変える授業』の翻訳や『ポジティブ心理学が一冊でわかる本』の監訳をするなど、ポジティブ心理学に造詣が深い成瀬まゆみさんに、仕事と幸福の関係について話を聞いた。
聞き手:山中康司(働きかた編集者)
幸福には2つの種類がある
--ポジティブ心理学では、幸福をどのように捉えているのでしょうか。
成瀬:現代のポジティブ心理学では、幸福には2つの種類があるということ言われています。その2つとは「ヘドニア(Hedonia)」と「ユーダイモニア(Eudaimonia)」。古代ギリシアで唱えられた、幸福に関する考え方です。
ヘドニアは、「いい気分、快楽」といった意味の言葉。言い換えれば、「今の自分を楽しむ幸せ」です。
それに対してユーダイモニアは、「自分の強みを活かして、意義あることに打ち込む幸せ」のことで、日本語の「生きがい」のような概念です。アリストテレスがその大切さを提唱しました。また、『ポジティブ心理学が一冊でわかる本』の著者イローナ・ボニウェルは、ユーダイモニア的幸福を「自己発達」と「超越」だと定義しています。「自己発達」は今の自分を超えていく幸せ、「超越」はエゴを超えて、自分より大きな世界、大きなコミュニティに貢献する幸せです。
ヘドニアとユーダイモニアという2つの幸福は、どちらが良いというものではなく、ちょうどいい割合は人によって違います。ただ、人はともするとヘドニア的幸福を求め、ユーダイモニア的幸福をないがしろにしてしまいがちです。
--たしかに私も、やらなければいけない仕事を先延ばしにして携帯でSNSを見てしまったり、遊びに出かけてしまうことがあります。そうしたことが、ユーダイモニア的幸福ではなくヘドニア的幸福を選んでいた例でしょうか。
成瀬:ヘドニアが悪いというわけでは、決してありません。ヘドニアがあるおかげで、ポジティブ感情があがり、それが成功に導いてくれる要素ともなるわけですから。ただ、ジャンクなヘドニアに振り回されるのは、あまりよくないかもしれませんね。
『ポジティブ心理学が一冊でわかる本』(国書刊行会)
『ハーバードの人生を変える授業』(大和書房)
一般的に、「仕事は辛いもので、遊びは楽しいもの」だと思われがちなのは、多くの方がヘドニア的幸福ばかりを追求しがちだからではないでしょうか。でもユーダイモニア的幸福の方は、実は遊びよりも仕事を通してこそ感じることが多いようです。
たとえば物を書かれる方であれば、以前よりいい記事が書けるようになって成長していくことが、イローナ・ボニウェルが言うところの「自己発達」。記事を通じて世の中に新しい働き方の選択肢を提示することが「超越」だと言えるでしょう。
幸福は“結果”ではなく“プロセス”にある
--そう考えると、仕事はかならずしも辛いものではなく、「自己発達」と「超越」を通して幸せを感じることができるものでもあるのですね。ただ、「自己発達」や「超越」と聞くと、実現がとても難しいように感じます。
成瀬:そのように考えるのは、幸せを“結果”だと考えているからではないでしょうか。
ポジティブ心理学では、幸せは結果ではなく、“プロセス”にあると考えます。つまり何かを達成しなければ得られないのではなく、日々働いたり、暮らしたりしていくなかで、自ら創っていくことができるものなのです。
--幸福は今この瞬間でも感じることができるものだと。
成瀬:そうです。特に日本や韓国は、経済的に豊かである割に幸福度が低いのですが、その要因として「幸福のモデルがひとつであること」が挙げられます。
最近、日本では多様な働き方が認められるようになり、少しずつ幸福のモデルも多様になりつつありますね。これまでは、「いい大学に入って、大企業に就職して、安定した収入を得て……」という、ある幸福のモデルとなるような人生を実現した“結果”、幸福になれるのだと多くの人が信じてきました。
でも幸福は、幸福のモデルとなる人生を実現した “結果”、得られるのではなく、日々の“プロセス”のなかで得られるものですし、幸福の形は決してひとつでありません。
--この連載の第一回で、法政大学の児美川孝一郎教授が「夢が実現しないと幸せになれないわけじゃない」と言っていたこととも通じる気がします。幸福を、夢や目標を達成した“結果”ではなく“プロセス”だと発想を転換することで、一般的に信じられているような幸福のモデルにあてはまらない人でも幸福になれるという可能性が開けますね。
「自分は幸せだ」と思っている人ほど成功する
成瀬:また、幸福に関してもうひとつ大切な考え方は 、「幸せは“ツール”でもある」ということです。
--どういうことでしょうか?
成瀬:一般的には、「ビジネスで成功して高収入を得れば、幸せになれる」と考えられがちですよね。しかし、ポジティブ心理学の第一人者の一人であるショーン・エイカーは、「『自分は幸せだ』と思っている人ほど、成功している」という、「ハピネス・アドバンテージ」を明らかにしました。
成功したから幸せになるのではなく、幸せだと感じているから成功することができる。つまり、“幸せは成功するためのツールである”と言えるのです。
--幸福感を感じている人ほど成功をつかむことができ、成功するからより幸福を感じる……という、ポジティブなスパイラルがまわるのですね。
成瀬:そうです。そして知っておきたいのは「ネガティブ・バイアス」という言葉です。それは、人はポジティブなことよりもネガティブなことの方を意識してしまう傾向があるということです。そのため、自分で意識して、ポジティブな側面にフォーカスを向けることが大切です。
“Be”から考える
--では、仕事を通して幸福になるために、私たちができるのはどのようなことなのでしょうか。
成瀬:最近、私が大切にしているのが、“Beから考える”ということです。もう少し詳しく言うと、なにか行動を選択するときに、「自分はどういう状態(Be)でいれば幸福なのか」から考えるということです。
たとえば、「穏やかな気持ちでいたい」が自分の望むBeだとすると、そのために大切なパートナーや友人が必要といったHaveを考え、そのあとで、パートナーや友人を得るために様々なコミュニティに積極的に参加しよう、というDo(行動)が導き出されます。
このように「Be(どういう状態でいれば幸福なのか)→Have(そのためになにが必要なのか)→Do(そのためになにをすべきか)」という順番で考えると、行動がBeで貫かれるので、一貫性が出るのです。特に、なにかに迷っているときはHaveやDoから考えていることがよくあるので、「自分にとって大切なBeは何だったのか」と原点に返って考えてみると、答えが出ることがありますよ。
--仕事と幸福の関係で言えば、キャリアに迷ったときにBeから考えることで、より幸福な人生に近づくことができると。
成瀬:そうです。ただ、100%ポジティブな気持ちにはなれないし、なろうとする必要はありません。アメリカの心理学者、バーバラ・フレドリクソンによると、ポジティブ感情・ネガティブ感情の黄金比は「3:1」。「3:1」以上になることが、人が成長し、生きがいを見出し続ける上昇スパイラルに入るための転換点(ティッピングポイント)なのだそうです。
見方を変えれば、ネガティブな気持ちをゼロにする必要はない、ということです。ネガティブ感情は深く考えるきっかけにもなりますし、、ネガティブ感情のおかげで人間に深みが生まれることもあります。だから、自分自身のネガティブな側面もありのままに受け入れることが大切なのです。
成瀬まゆみさんのプロフィール
Inspire代表。ポジティブ心理学やスピリチュアルの知恵を実生活に活かして、「アタラシイジブンのつくりかた」を提唱。自ら出版社に企画を持ち込んだ『ハーバードの人生を変える授業』シリーズは33万部の大ヒットに。他に『ポジティブ心理学が一冊でわかる本』の監訳や、ジョン・ディマティーニ博士の『ザ・ミッション』の翻訳も手がける。独自のセミナーや個人セッションで、人の変容の瞬間に胸をときめかしている。
インタビューアー・プロフィール
山中康司(やまなか・こうじ)
働きかた編集者。「キャリアの物語をつむぐ」をテーマに、編集・ライティング、イベント企画運営、ファシリテーション、カウンセリングなどを行う。ブログ
『キャリアの物語をつむぐ』更新中。
当連載のバックナンバー
1:夢があったほうが人は幸せ?キャリア教育学者・児美川孝一郎さんに聞いた-仕事は人びとを幸福にするかvol.1-
2:幸福度ランキングは鵜呑みにしない方がいい?青山学院大学経営学部教授亀坂安紀子さんに聞いた-仕事は人びとを幸福にできるかvol.2-
3:働き方改革からすっぽり抜け落ちているものとは?慶應大学前野隆司教授に聞いた-仕事は人びとを幸福にするかvol.3-
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