2017年08月16日更新

働き方改革からすっぽり抜け落ちているものとは?慶應大学前野隆司教授に聞いた-仕事は人びとを幸福にするかvol.3-

長時間労働の是正や生産性の向上、同一労働同一賃金など、働き方改革が進められている。しかし、果たして働き方改革によって、私たちは幸せに働くことができるようになるのだろうか?

「仕事は人びとを幸福にできるか」は、仕事を通じて幸せな人生を歩むためのヒントを、キャリア論や心理学、経済学などの専門家へのインタビューを通じて探る連載企画。第3回は、『幸せのメカニズム-実践・幸福学入門』を著書に持つなど、幸福学の研究に取り組む慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司さんに、働き方改革と幸福の関係について話を聞いた。

聞き手:山中康司(働きかた編集者)

働き方改革には、幸福への視点が抜け落ちている


--前野さんはロボット研究に携わってきた経歴を持ちながら、なぜ現在は幸福学の研究に取り組んでいるのでしょうか?

前野:私がロボット研究をしていたのは、人間の心を理解するためでした。笑ったり喜んだりするロボットの心のアルゴリズムを作ることで、人間が笑ったり喜んだりすることを理解できると考えたのです。

笑うロボットは、たしかに作ることができました。でも、むなしさを感じてしまったんですよ。ロボットは笑っているふりをしている、「人間の偽物」にすぎないと気付いたのです。そこで、本物の人間の幸福にせまるために、幸福学の研究をするようになりました。

--なるほど。幸福学の研究に取り組んでいる前野さんは、現在の働き方改革をどのように捉えていますか?

前野:幸福に関する視点がすっぽり抜け落ちていると思います。私はシステムデザインの研究もしているのですが、その分野では「システム思考」が大切にされます。システム思考とは、ある対象が持つ構造を把握し、本質的な問題を理解することで、効果的な課題解決をはかる考え方です。つまり、「木を見て、森も見る」。細部だけでなく、全体も理解することが課題解決には重要だということです。



今の働き方改革は、「木」しか見ていないように思えます。つまり、どのように生産性を上げるかとか、労働時間を短くするかといった細部ばかりが注目され、全体として何を目指すのかという点が議論されていないのではないでしょうか。言ってしまえば、「魂が吹き込まれていない」のです。

--その「魂」となるのが、幸福度を上げるということでしょうか。

前野:はい。もう少し違う言い方で言えば、「well-being(身体的・精神的及び社会的に良好な状態)」を実現するということです。それを全体の目標を置いた上で、生産性の向上や長時間労働の是正といった細部の議論するべきではないでしょうか。細部の、生産性の向上や長時間労働の是正といったことが第一に目指されると、well-beingでなくなる危険性があるのですよ。効率化が目指されるあまり、オフィスでの雑談のような時間が「無駄だ」と排除されることで、幸福でなくなってしまうことは想像がつきますよね。

幸福感があってこそ、生産性が高まる


--しかし、幸福感を大事にすることで生産性が下がってしまいませんか?

前野:そんなことはありません。幸福学の研究では、幸福感は生産性も高めるということが分かっています。たとえば、ある会社は朝に1時間も朝礼をしています。今であれば「そんな無駄な時間は無くすべきだ!」と言われそうですよね。でもその会社では、朝礼の時間があるからこそ「この人は今こんな状態なんだ」とお互いのことをわかり合うことができ、幸福感を持って働くことができる。その結果、業務が効率化しているんです。

それに、イノベーションと幸福は相関があるということもわかっています。カリフォルニアの温暖な気候の中で、のびのびとアイデアを育てることで生まれたのがiPhoneであり、Facebookであり、Uberであるのです。不幸せな環境では、そうしたアイデアは生まれないと思いませんか?

--そう考えると、幸福度が低いままだと生産性も上がらず、イノベーションも生まれにくいと。

前野:そうですね。日本では「働くことは苦しいことだ」というイメージが根強いので、生産性が上がらず、イノベーションも起きにくい。なので働き方改革を「働くことは幸せなこと」と価値観をひっくり返す機会にしなければいけません。

幸せの4つ葉のクローバー


--前野さんが著書『幸せのメカニズム-実践・幸福学入門』で提唱した「幸せの4つの因子」は、「働くことは幸せなこと」と価値観をひっくり返すためのヒントになりそうです。幸せの4つの因子は、具体的にどういうことなのでしょうか?


著書『幸せのメカニズム-実践・幸福学入門』(講談社現代新書)

前野:私たちの研究では、「因子分析」という、多くのデータを解析してその構造を明らかにする手法により、幸せには4つの因子(結果を引き起こす要素)があることを導き出しました。その4つの因子を組み合わせて、「幸せの4つ葉のクローバー」と呼んでいます。



幸せの4つ葉のクローバー(『幸せのメカニズム-実践・幸福学入門』をもとに作成)

まず1つ目が、「やってみよう! 因子」。具体的には、コンピテンス(私は有能である)、社会の要請(私は社会の要請に応えている)、個人的成長(私のこれまでの人生は、変化、学習、成長に満ちていた)、自己実現(今の自分は「本当になりたかった自分」である)という要素から成り立っています。つまり、一人ひとりが自分なりの自己実現の方法を見つけて、強みを発揮し、成長するということです。

2つ目の因子は、「ありがとう! 因子」。つながり・愛情・感謝・親切に関するものです。具体的には、人を喜ばせる(人の喜ぶ顔が見たい)、愛情(私を大切に思ってくれる人たちがいる)、感謝(私は、人生において感謝することがたくさんある)、親切(私は日々の生活において、他者に親切にし、手助けしたいと思っている)などの要素から成っています。

3つ目は、「なんとかなる! 因子」。これは、前向きと楽観の因子です。楽観性(私はものごとが思い通りにいくと思う)、気持ちの切り替え(私は学校や仕事での失敗や不安な感情をあまり引きずらない)、積極的な他者関係(私は他者との近しい関係を維持することができる)、自己受容(自分は人生で多くのことを達成してきた)などの要素から成ります。

4つ目の因子は、「あなたらしく! 因子」。言い換えれば、独立とマイペースの因子です。社会的比較思考のなさ(私は自分がすることと他者がすることをあまり比較しない)、制約の知覚のなさ(私に何ができて何ができないかは外部の制約のせいではない)、自己概念の明確傾向(自分自身についての信念はあまり変化しない)、最大効果の追求(テレビを見るときはあまり頻繁にチャンネルを切り替えない)などの要素から成っています。

この4つの因子は、全て満たしている方が一番幸せで、ひとつ欠けていると幸福感が下がり、全部満たしていないと一番不幸、という研究結果が出ました。

--個人としてもこの4つの因子を意識することで幸福感を上げられる。また、働き方改革に取り組む企業も、この4つを意識しながら改革に取り組むことでメンバーの幸福度を上げられるということですね。

幸せに働ける職場とは


--実際にメンバーがこの4つの因子を満たしているような会社はあるのでしょうか。

前野:法政大学の坂本光司さんが書いた『日本でいちばん大切にしたい会社』という本があります。その本に出ている会社を対象に調査をする機会があったのですが、なんとほとんどの会社が4つの因子を満たしていました。



また、あるネジの会社を調査してみたところ、「月曜日に早く会社に行きたいと思う」と回答した人が80%もいました。一般的に「月曜の朝は出勤が憂鬱だ」と言う人が多いのに、驚きの数字ですよね。ネジの製造は楽な作業ではないですよ。でも、なぜ早く会社に行きたいかと聞くと、「みんなと早く会いたい」と言うんです。好きなメンバーと仕事をやり遂げることが幸せなのでしょうね。

仕事への不満は、多くが人間関係からきていると言われます。「ありがとう! 因子」のように、人間関係は幸福感に大きく関わる要素です。なので、人間関係を良くできればどんな仕事も幸せになる可能性があるんです。

--そうした人間関係の改善をはじめとして、どういった職場であれば幸福度は高まるのでしょうか

前野:どこにでも当てはまるような正解はないのです。『日本でいちばん大切にしたい会社』に載っている会社も、おそらくどこかの取り組みを真似したわけではない。人間と同じで、会社はそれぞれ個性を持っています。だから、それぞれの会社に合った方法を選ばないといけません。まずは、メンバーがどんな人間なのかを知ること。その特徴に合わせて、一人ひとりが幸福になる方法を実施していくことが必要なのです。

前野隆司さんのプロフィール

1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授。博士(工学)。著書に、『実践 ポジティブ心理学』(PHP新書、2017年)、『無意識の整え方』(ワニプラス、2016年)、『幸せの日本論』(角川新書,2015年)、『システム×デザイン思考で世界を変える』(日経BP、2014年)、『幸せのメカニズム』(講談社現代新書,2013年)、『思考脳力のつくり方』(角川書店,2010年)、『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書房,2004年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)、日本創造学会論文賞(2013年、2014年、2017年)などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、地域活性化、イノベーション教育、幸福学など。

インタビューアー・プロフィール

山中康司(やまなか・こうじ)
働きかた編集者。「キャリアの物語をつむぐ」をテーマに、編集・ライティング、イベント企画運営、ファシリテーション、カウンセリングなどを行う。
読みもの&連載もの: 2017年08月16日更新

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