働きバチは変われるか?〜デンマーク大人留学で見つけた予想外のペルソナ(前編)

働きバチは、迷わない。「蜜を運び、巣を守る」そのために一心不乱に働き続ける。働きバチと人間の違い、それはふとした瞬間に「何故働くのか?」「幸せか?」そんなことを考えてしまうのが人間、ただそれだけだ。

疑うことなくただひたすら、目標に向かうことができたなら、人はもっと幸せになれるのだろうか?

社会人約15年目にして仕事を辞め、“大人のギャップイヤー”と称して人生再編集中の筆者。これまで働きバチの如く朝から晩まで働いていたため、ろくに過ごすことのなかった東京の“平日昼間”タイムを満喫してみたり、好きなだけ筋トレに勤しんだり、前から気になっていたメディアの編集部でインターンに挑戦したりと今まで出会えなかった人や物事に触れ、新しい人生を楽しんでいた。

そして、そんなギャップイヤーの総仕上げとして、北欧はデンマークの「人生の学校」と呼ばれる 成人教育機関・フォルケホイスコーレにこの春から留学。国も文化も年齢も、すべてが違った環境で筆者が出会った意外なペルソナとは?

のんびりゆるめに来たはずが・・・??


思えば日本の朝から深夜まで働く競争社会に疲れ切り、自分をゆるめそして自身と対話するべくデンマークに来たはずだった。・・・が、そこに居たのはちっともゆるめられない自分

一番最初に感じたカルチャーショックは、レジの前での出来事だった。どう考えても列が長蛇してるにも関わらず、ほとんど上がらないレジ打ちスピード 。日本のコンビニで同じ事したら客からも店長からも総攻撃を食らうであろうそのスローな捌きスピードにドキドキしながらも、待ってる人もまったくもってそれが普通な光景。「あれ、これ、私の”長蛇”のスタンダードがおかしいのか?」・・・どうやらそうだったらしい。ここは日本ではない。デンマークなのだ。


*学生の頃のコンビニバイト時代、「お客様が3人以上並んだら他の店員さん呼んでね」と教わった記憶が・・・

後日、東京に来たことのあるデンマーク人の友人と山手線の話になった時に「日本はちゃんと電車が時間通り来るのに、どうしてたった3~4分次の電車を待てないで満員電車に乗り込むの?」と心から不思議そうに言われ、その問いに納得いく答えは出せずに逆に考え込んでしまった。

そして、私が今回滞在したのは試験なし、成績無し、のデンマーク発祥の成人教育機関・フォルケホイスコーレ。最初の数週間はその学校そのものの仕組みや授業の珍しさと面白さに目から鱗が落ち、毎日15時で終わるのんびりした授業とどこまでも続く平らなデンマークの田舎風景と自然を満喫していた。でも、広大な学校の森でハイジみたいな長ブランコにのんびり揺られていたら徐々に出てきた「これでいいんだっけ?」感。

当時最初に通っていた学校は、特に専門はなく自分の進路を見つけるために様々なことに挑戦できるいわゆる、総合型のフォルケホイスコーレ。

数カ月前この学校を選んだ時、まだ編集者になりたいという気持ちはなくこの学校が一番しっくり来て選んだ。でもその数カ月の間に、私は十分自分をゆるめる時間を過ごし、朧気ながら編集者への道を模索し始めた。そのためか「3か月後、次のステップのために自分は何を得て日本に帰れるのか?」という強い目的意識が頭を擡げて始めていた。


*人生もブランコも、「大事なのはタイミング」だと痛感した瞬間。

また、学校では20歳前後の若者が8割型を占め、週末には「疑似結婚式」や「80年代」といった手の込んだテーマ設定でみんなが仮装し校内が装飾されるパーティーが行われたりする生活で、東京での会社員生活とあまりにギャップがあったのも事実。試験もなく成績もない、若者と過ごすフリーダムな環境に、「この年でこんなことしていていいんだろうか?」っという年齢的な面での迷いも少しづつ出てきていた。

「先生…仕事がしたい…です」働いていないことへの罪悪感、そして焦り


そこからなんとなく抱き続けていた違和感は、同じ学校にいた20代半ばのシリアから来た男の子と話したことをきっかけに確実なものとなる。

政情不安でデンマークに難民として渡って来た彼は、母国では高いレベルの教育を受け医療関係で働いていた経験を持ちつつも、大学へ入りなおす準備期間(デンマークで仕事を得るために現地の学位が必要)としてこのフォルケホイスコーレに1年半も滞在していた(通常は3か月~半年程度)。

聞けば、以前と異なり政権の変わった現在のデンマークでは、移民や難民が仕事を得ることはかなりハードルが高くなっており、彼のように長い間学校に入れられたり働けてもインターン止まりだったり、例えばMBAを持っているような人でも希望のポジションが与えられずアルバイトのような仕事をしていたりすることがあるそうだ。

そんな彼が吐いた「そろそろ仕事が恋しい、働きたい。働いていない自分に、罪悪感を感じる」というセリフ。自分の感じていたことを、国境を超えて同じように思っている人が目の前にいた事に驚いた。

*難民や移民の人たちはより客観的にデンマークを見ているので、彼らから学ぶことは貴重だった。

彼の場合は「不可抗力で働けない」という、より深刻な状況だった。だけど私の場合は自ら選んだ道にも関わらず、同じように感じたこの罪悪感の源は「世間様に顔向けができない」的なものだったように思う。最も、私の気にしたその「世間様」は日本のもので、デンマークではなかった。今すぐ側に存在していない”世間体”を、遠い国デンマークで気にしているのもなんだかおかしな話だった。

働きバチはどこに行っても働きバチ…なのか?


おそらく社会人として競争社会に揉まれてきたからなのか、常に「成果を出さねばならぬ」「この年齢はこうでなければならない」といった固定観念が頭をよぎり、“のんびりゆるまった生活”というのができない身体になっていた自分に気付かされた。

ただ、現地で出会った日本人の大学生も「15時に授業が終わって、バイトもサークルもないし何していいかわからない。」っとこぼしていたので、この何かしてないと病はもはや社会人だけでなく学生も含めた現代の日本人的傾向なのかもしれない。

でも、フォルケホイスコーレの先生たちやその他の大人も、学校で行われる若者のパーティーにも年齢関係なく積極的に参加して楽しんでいる姿や、基本的な考え方として人に優劣を付けたり権威そのものを好まないデンマーク人を見ていると、自分がいかにそういった固定観念に縛られているのかを外から見て気付かされたように思う。


*パーティーで演奏するフォルケの先生。若者を圧倒するパフォーマンスがただひたすらかっこよかった。

ただ、誤解のないように言っておくとデンマークが全く競争のない国かというとそうではなく、それはあくまでフォルケホイスコーレの話。

中学3年生以降はデンマークの学校でも「試験」が行われる。日本のような記憶中心型の試験もあるが、クリエイティビティが問われる試験が多く、それはそれで独創性を出すことにストレスを抱え疲弊していたというデンマーク人の友人も多かった。また仕事に就いたけど成果を出し続けることに疲れてフォルケホイスコーレに来ている人もいた。「「人の在るところに競争あり」これは、世界どこに行っても不変の真理なんだろう。

戸惑いの中から下した決断は・・・


その後、結局私は今後の編集者への道につなげるべく、ライターのインターンシップができる政治やジャーナリズムを中心としたもっと宿題やプレゼン課題の多いフォルケホイスコーレへと転校することになる。

人生の学校と呼ばれるフォルケホイスコーレ。人はそこで自分と向き合い、未来の道を見つけるために仲間と共に時を過ごす。もっとのんびりする予定が、想定外に働きバチなペルソナに気付いた自分。でも、そういった自分の予想外のペルソナに出会い、戸惑うことも含めて「自分と向き合う」ということなのだと思う。

そしてそんな働きバチは、転校先の学校でもまた新たなペルソナに出会うことになるのだった。

(後半に続く)

プロフィール

寺崎 倫代(てらさき・みちよ)
早稲田大学商学部卒。幼い頃より「国が違えば価値観も常識も異なる」ことから視野を広げてくれる海外に憧れ、大学在学中に米国ワシントン大学のインターンシッププログラムで留学。卒業後は、フランス系の商社やインターネット広告代理店などを経てBBC(英国放送協会)の国際放送における広告部門にて6年間勤務。2017年4月より、かねてより憧れだったデンマークの成人向け教育機関・フォルケホイスコーレへ3か月間留学。
読みもの&連載もの:2017年07月28日

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