2017年08月04日更新

幸福度ランキングは鵜呑みにしない方がいい?青山学院大学経営学部教授亀坂安紀子さんに聞いたー仕事は人びとを幸福にできるかー

連載企画「仕事は人びとを幸福にできるか」では、仕事を通じて幸せな人生を歩むためのヒントを、キャリア論や心理学、経済学などの専門家へのインタビューを通じて探っていく。

第2回のテーマは、「幸福の経済学」。幸福の経済学の研究をする青山学院大学経営学部教授の亀坂安紀子さんに、所得や労働時間などが幸福度にどのように影響を及ぼすのか、話を聞いた。


幸福の経済学は「Happiness」の研究ではない


--幸福の経済学とは、どのような学問なのでしょうか?

亀坂:難しい質問ですね。というのも、「幸福」の研究はアリストテレスの時代からある、人類にとって非常に本質的な学問。現代でも経済学だけでなく、心理学、教育学などさまざまな分野で研究がなされていて、どこからどこまでが経済学、どこまでが心理学……という境界があいまいなのです。

そんな分野横断的な幸福の研究のなかで、他の分野よりも「所得」や「失業」など、経済的要因を絡めて分析するのが幸福の経済学だと言えるでしょう。

--経済学と幸福が結びつくイメージがあまりないのですが、なぜ経済学が幸福を扱うようになったのでしょうか。

亀坂:もともと経済学では、GDPを増加させて経済成長を目指すことが良いこととされてきました。しかし、特にリーマンショック以降、トマ・ピケティが『21世紀の資本』で指摘したような、アメリカ型資本主義による格差の拡大が注目されるようになってきました。そのため「経済成長を目指すだけでは限界があるのではないか」という問題意識が経済学の分野でも芽生え、「GDPとは別の尺度も持とう」ということで注目されたのが、「幸福度」だったのです。



--なるほど。では、経済学が扱う「幸福」とはどのようなものなのでしょうか。

亀坂:よく誤解されるのですが、幸福の経済学は必ずしも「Happiness」に関する研究とは言えないのです。幸福の経済学が研究対象とする「幸福」は、「well-being」から訳されています。「well-being」は、さかさにして「Being well」と考えるとわかりやすいですが、「良い状態である、満足できる状態である」といった意味の言葉。なので、幸福の経済学で扱うのは格差や貧困問題も含まれます。どちらかといえば、福祉のイメージが近いかもしれませんね。楽しさや喜びを意味する「Happiness」の研究に関しては、ポジティブ心理学の方が当てはまるのではないでしょうか。

--幸福の経済学は「Happiness」を扱うものでは必ずしもないというのは意外です。英語で「Happiness」や「well-being」という言葉であらわされる概念が、日本語では「幸福」とまとめられてしまっているとすると、幸福に関する本や記事を読む際はそこで言われる幸福が何を意味しているのか、注意が必要ですね。

幸福度ランキングを見るとき注意すること


--国連が「国際幸福デー」である3月20日に発表した2017年の幸福度ランキングでは、日本は155カ国中51位でした。最近では、こうした幸福度ランキングの結果がニュースになるなど、幸福の尺度が一般的に知られるようになっていますね。(参考:World Happiness Report 2017)

亀坂:たしかにそうです。でも、幸福度ランキングの上下のみを見て一喜一憂するのは注意が必要ですよ。なぜなら、調査項目によって結果が変わるからです。

たとえば、「あなたは幸せですか」と聞かれたら、日本人は実際よりも低めに答えがちです。一方アメリカ人は、なにか悩みや問題があっても「幸せ」と答える傾向があると言われています。質問の仕方や表現によって、こうした国民ごとの回答の癖も出て、順位が変わってきてしまうのです。

あとは、調査をしている団体によっても結果に違いが出ます。先進国を対象にOECDが報告している調査結果を見ると、たしかにそのなかでは日本の幸福度は他国と比べて低いかもしれません。しかし一方で、国連が注目するような項目の調査結果では、日本のランキングは比較的上位になります。比較対象が先進国だけではなく、「義務教育を受けている人の割合」なども評価の対象になったりしますからね。

なので、幸福度ランキングを見て「日本は他の国より低い」と結論づける前に、「どんな調査項目からランキングをしているか」まできちんと見ないといけないのです。ただ、北欧諸国はどの調査でもランキングの上位になりますね。

働き方改革は幸福度をあげるのか


--幸福の経済学について、やはりひとりの労働者として気になるのは、「お金を稼いだ方が幸せになれるのか」ということです。この点について、幸福の経済学ではどのような考え方があるのでしょうか。

亀坂:幸福の経済学が注目されるきっかけとなった背景ですが、「イースタリン・パラドックス」というものがあります。経済学者リチャード・イースタリンが1974年に論文で発表した、経済活動の増大が必ずしも幸福度の上昇をもたらすとは限らない、というものです。

リチャード・イースタリンは、その後もいくつかの関連論文を発表していて、このことに関連してより具体的には、
「国際比較でみて所得の高い国のwell-beingが必ずしも高いとはいえないこと」「同じ国の所得の上昇が必ずしもwell-beingの上昇をもたらさないこと」
「所得がある水準以上になるとwell-beingが頭打ちになること」
などについて議論しています。



単純に言うと、食べるものにも困るような状態であれば、お金をより多く稼げるようになるほど幸福度は高まります。でも先進国である程度の収入を得ている人のように、十分に食べていくことができる状態になると、お金をより多く稼いでも幸福度が低くなっている人も多い。国によって違いますが、日本ではだいたい年収が1000万円や1500万円を超えると、幸福度は頭打ちか、下がると言われています。

--どうして、お金を稼いでも幸福度が上がらなくなるのでしょうか。

亀坂:幸福の経済学では、幸福は他人の所得との比較で決まる面もあるため、自分の所得の上昇が必ずしも幸福と結びつかないという「相対仮説」と、所得が上がっても人々は生活水準の上昇にすぐ慣れてしまうという「順応仮説」などで説明されています。

さらに、特に日本の場合ですが、ワークライフバランスの問題、特に過重労働は大きな要因だと思いますよ。私は以前、労働時間が過労死に関する不安に与える影響について研究したことがあります。その結果、男性は週労働時間60時間を超えると過労死不安を抱えやすく、子育て中の女性は45時間で過労死不安を抱えやすくなるという結果が出ました。いくらお金を稼いでも、そのことが過重労働と結びついていれば、過労死不安を抱えるような状況になってしまうのです。特に、子育て中の女性は過労死不安を抱えやすいことは注目すべきです。
(参考:「労働時間と過労死不安」ESRI Discussion Paper No.325

--そのような過重労働の是正も含めて、今政府が働き方改革に本腰を入れていますね。

亀坂:幸福度を上げるという意味でも、働き方改革はとても重要だと思います。非正規労働者は特に、低賃金のため長時間労働をせねばならず、過労死不安を抱えがちです。なので、長時間労働の是正に加え、同一労働同一賃金を進めていくなど、日本の労働分配率(企業の付加価値のうち人件費の占める割合)の低下を食い止めることも必要になっています。

長寿大国でも、主観的健康状態は低い日本


--所得や労働時間の他に、どのようなことが幸福度と関わりがあるのでしょうか。

亀坂:失業は、万国共通で幸福度を押し下げる要因です。特に男性にとっては失業から5年経ってもショックが癒えないこともあるようです。

特に日本人は、他の国の人と比べて仕事が幸福度と密接に関係している傾向があります。労働市場の流動性が低いため転職がしづらく、長く勤めるほど多くもらえる企業年金のシステムもあって、失業することのリスクが大きい。そのため、失業が大きなショックになってしまうのではないでしょうか。転職がもっとしやすくなって、転職しても労働条件が悪くならないような受け皿があると、失業のショックは少なくなると思うのですが。

また、日本は長寿国と言われますが、実は主観的健康状態が悪い。つまり「自分は健康である」と思っている人の比率が、韓国と並んで圧倒的に低いのです。今は「人生100年時代」とも言われていますが、日常生活を犠牲にしても仕事の責任を果たし、結果として健康を害してしまったりする人が結構多い。それでも長生きができる……となると、長生きしても必ずしも幸福じゃない、という人が増えてしまうのかもしれません。

--リンダ・グラットンも『ライフ・シフト』のなかで、人生100年時代には金銭的資産だけでなく、健康のような無形資産も重要になっていると述べていますね。幸福な人生を送るためには、所得だけでなく健康状態にも関心を向けることが不可欠になっていきそうです。

亀坂安紀子さんのプロフィール

亀坂安紀子(かめさか・あきこ)
慶應義塾大学商学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。慶應義塾大学在学中に公認会計士第2次試験合格、会計士補として大手監査法人に勤務。
現在、青山学院大学経営学部教授。専門はファイナンス(特に投資家行動)、2002年には国際学会にて投資家行動の研究に関してIbbotson Associates Japan Research Award(共同)受賞。2012年から2017年3月までは、内閣府経済社会総合研究所の客員主任研究官として、幸福の研究や労働時間の分析も進める。その研究成果は、内閣府のディスカッションペーパーNo.325「労働時間と過労死不安」として内閣府のHPでも公表されている。


インタビューアー・プロフィール

山中康司(やまなか・こうじ)
働きかた編集者。「働くを、おもしろく」をテーマに、編集・ライティング、イベント企画運営・ファシリテーション、キャリアカウンセリングを行う。
読みもの&連載もの: 2017年08月04日更新

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