2017年07月19日更新

建築家・山嵜一也のコラム連載「イギリス人の割り切った働き方」 vol.3ー食の繋がりで仕事が回るのは世界共通?

ワインが美味しいと思えたのはその時が初めてだったかもしれない。

年末の喧騒の中、パブのテーブルにあるボトルのラベルを見るとRiojaと書いてあった。“リオジャ”呼ぶのだろうか。市内中心部ロンドンブリッジのたもとにある食の市場、バラ・マーケット(Borough Market)のパブで、同僚たちと昼間からワインを飲んでいた。新しく働き始めた職場での初めてのクリスマスランチだった。



同僚たちと何度も訪れたバラ・マーケット


イギリスではEU圏から離脱する、いわゆるBrexitの国民投票結果が出てから不安定な情勢が続いている。まさに私が渡英した2001年当時、EUの統一通貨が採用され(イギリスはポンド使用を維持していたがEUの影響を多大だった)、国際化が一気に進んだからこそイギリス社会に潜り込むことが出来た。英語が話せなくても建築模型が作れれば仕事にありつけた。

そんな中、通算3度目となる解雇を受けた私を拾ってくれたのが、その後10年間お世話になる建築設計事務所だった。その会社はテムズ川南岸、ミレニアム事業の一環で旧・火力発電所を現代美術館へと改修したテートモダンの裏側に自社ビルを構えたばかりだった。確かにロンドン五輪に関わるなどイギリス建築業界の中では地位を築き、成功した事務所と言えたが、私はその職場に建築設計士ではなく模型制作士として入社した。

それゆえ日々の業務の中では、たたみ一畳分にもなる巨大なロンドン五輪招致マスタープラン模型を作ったりしていたが、ふてくされて働いていた。私は近寄りがたい空気を背中から発し、黙々と模型を作っていた。

そんな年末、模型場チームのクリスマスランチに声を掛けてくれた。そこでロンドンブリッジのたもとにひっそりと市場があったことを知った。多くの周辺企業が年末のチームランチをするために混雑するテーブル席で口にしたのが冒頭のワインだった。



その後もロンドン市民の胃袋を満たすこのマーケットには同僚たちと何度も訪れた。関わっている仕事、上司の愚痴、そして人事の噂話まで、屋台で売られている簡単な食事を頬張りながらいろんなことを語り合った。

「イギリスの食は貧しい」というのが20世紀の常識だったと思う。確かに日本のように安い値段で美味しいものが食べられない。また欧州特有の油の多い食事に繊細なアジア人の胃袋はすぐに疲れてしまう。そんな中、日本からやってくる知り合いをこのマーケットへ連れていき、イギリスの食のイメージをひっくり返すのを密かな楽しみにしていた。

美味いものを誰かと一緒に食べるとその距離が一気に縮まる。海外の人は付き合いがドライであると言われている。確かにそのような一面もあるかもしれない。チームでパブに繰り出そうと機会を作っても行かない人は行かない。幹事も無理に誘うということもない。

一方で限られたランチタイムに同僚と街に繰り出し、また仕事帰りにはパブでちょっと一杯引っ掛けていくこともある。食が貧しいと呼ばれる中で美味しいものを共有できた喜び、まずいものに当たりたくないという緊張感の中で生まれた結束力。ガイドブックやグルメサイトをなぞって食事のうんちくを語るのとは違う食へのこだわりがあった。



ときには“呑みにケーション”もアリなのでは?


日本での昨今の風潮としては職場以外での付き合いが軽視されているが、日常業務で言いづらいこと、会議室や事務室では面と向かって言えないことを吐露する場所として“呑みにケーション”というのはアリだと思う。食にまつわるこだわりというのはその人のキャラクターが如実に現れる。仕事場での飲みにケーションは単なる呑み会という位置づけではなく、仕事の一部でもあると考えてみてはどうだろう。

会話の主導権を握り、上司に言いたいこと、同僚に言いたいことを“提言”として伝える。もちろん、いつも同じメンバーで繰り出せば、会社や上司の愚痴ばかりとなって生産性がないかもしれないが、呑みにケーションという場をうまく使うべきだ。会話が出来なくなるほど酔っては意味がないが、ほろ酔い加減だと気持ちが大きくなってものを言えるようになる。(英会話に関しても細かいミスを気にしなくなり会話が出来るという利点もあった)

12年間のイギリスの生活で、何度も「あのワインの味をもう一度!」と同じ味を探し求めた。

Riojaの名前は正しくは“リオカ(もしくはリオハ)”と呼ばれ、スペインの代表的なワインだった。値の張るRiojaワインの栓まで開けてみたが、あの時の味にはとうとう出逢えなかった。

振り返ると、ふてくされていた私をチームの一員として向かい入れてくれた安堵感もあの味に加わっていたのかも知れない。最近、バラ・マーケットがテロに狙われるという痛ましい事故があったばかりだが、再びロンドンで働く人々の胃袋を満たし、笑顔を届ける食のマーケットとしてあの喧騒が戻ってくることを遠くから願うばかりだ。

文・写真:山嵜一也



(当連載のバックナンバー)
★「イギリス人の割り切った働き方」vol.1ー勢いだけで日本を飛び出した私がロンドンで経験したこと
★「イギリス人の割り切った働き方」vol.2ーロンドンバス運転手に働き方の神髄を見た

執筆者プロフィール

山嵜一也(やまざき・かずや)

山嵜一也建築設計事務所代表。1974年東京都生まれ。芝浦工業大学大学院建設工学修士課程修了。2001年単身渡英。観光ビザで500社以上の就職活動をし、ロンドンを拠点に活動開始。2003〜2012年に勤務したアライズ・アンド・モリソン・アーキテクツでは、ロンドン五輪招致マスタープラン模型、レガシーマスタープラン、グリニッジ公園馬術競技場の現場監理などに携わる。2013年1月帰国。東京に山嵜一也建築設計事務所設立。第243回王立アカデミー・サマーエキシビション入選、イタリアベネトン店舗コンペ入選、大阪五輪2008招致活動で戎橋筋にオブジェ展示(DDA賞)など受賞多数。女子美術大学非常勤講。2016年『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方− “短く働く”のに、“なぜか成果を出せる”人たち−』を上梓。

★山嵜さんの書籍とTwitter

『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方』(ビジネス書:カドカワ):http://amzn.to/2ckShwI
『そのまま使える 建築英語表現』(建築書:学芸出版社):http://amzn.to/2bcJMjY

Twitterアカウント:https://twitter.com/YamazakiKazuya/


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