夢があったほうが人は幸せ?キャリア教育学者・児美川孝一郎さんに聞いたー仕事は人びとを幸福にするかvol.1ー

「労働時間をどうするか」「働く場所をどうするか」「お金の格差をどうするか」……。いま、働き方に関する議論が盛り上がっている。しかし「仕事は私たちの幸せにどう関係しているか」ということについては、あまり議論されていないように思う。

きっと「仕事は私たちの幸せにどう関係しているか」は、一人ひとりが答えを見つけていかなければならない問いなのだろう。しかし、だからこそ、答えを見つけるためのヒントが欲しい。

そこで、連載企画「仕事は人びとを幸福にするか」では、私たち一人ひとりが仕事を通じて幸せな人生を歩むためのヒントを、キャリア論や心理学、経済学などの専門家へのインタビューを通じて探っていく。

第1回のテーマは、「夢」だ。

著書『夢があふれる社会に希望はあるか』(ベスト新書)にて現代の「夢をあおる」風潮を指摘した、法政大学キャリアデザイン学部教授の児美川孝一郎さんに、夢を持つことや夢を持つように促されることがキャリアにどのように影響を及ぼすのか、話を聞いた。

聞き手:山中康司(働きかた編集者)

「夢が実現しないと幸せになれない」という錯覚


ーー児美川さんは著書『夢があふれる社会に希望はあるか』で、「夢はやっかいな怪物くん」と述べています。具体的にどういうことなのでしょうか。

児美川:現代は、夢を持つことは良いこととされ、夢に向かって努力する人が賞賛される、「夢をあおる社会」だと思います。でも、私は「夢を持つことはそんなに素晴らしいことなのか?」と思っているのです。

夢を持つことを否定する気はありません。たしかに、夢はやる気の源になり、ポジティブに人を動かす力を持っている。でも一方で、本人にとって苦しさのもとになることもある。この2つの反対の力を同時に持っているので、「夢はやっかいな怪物くん」なのです。

取材中のひとコマ(写真:山中康司)

ーー夢が苦しみになるとは?

児美川:たとえば、私は大学教授なので多くの学生と接するのですが、なかには野球部の部員で「将来はプロになる」という夢を持つ学生や、就活中で「アナウンサーになりたい」という学生がいます。それ自体は悪いことではないのですが、「これしかないんだ」と決めつけてしまうと危うい、とも思うのです。本当は他にも可能性があるのに自分で選択肢を狭めてしまっていたり、重荷を背負ってしまっていたりすることがあるからです。

逆に、これといって夢がないという学生は、「夢がない自分はダメなんじゃないか」と自分を責め、苦しんでいることがあります。「夢を持とう」とあおってきたキャリア教育や、「ビジョンはなにか」を問う就活ビジネスの影響が大きいのかもしれませんね。

実際には、プロ野球選手やアナウンサーになれる人間は一握りです。そもそも、40代の方の8割は夢を実現していないという調査もあるわけで(※)。でも、夢を実現できなかった人が不幸せかというと、そうではないですよね。それなのに、「夢が実現しないと幸せになれない」という錯覚を持ってしまっている人が多いように思います。

(※)株式会社セレスが2012年に実施した「子どもの頃の夢と職業比較調査」

3つの段階を経て、夢をあおる社会が形作られた


ーー「現代は、『夢をあおる社会』だとおっしゃいましたが、そうした社会はどのようにつくられてきたのでしょうか。

児美川:社会的な背景として、3つの段階があったと思っています。

まず、世の中がバブルに沸いていた1980年代。高度経済成長期の「みんなで同じものを買い、豊かになっていく」という価値観から、「他人とは違うものが欲しい」という価値観への変化があり、「自分らしさ」や「私らしさ」といった言葉が脚光を浴びるなど、個性を尊重する社会的風潮ができてきたのです。こうした個性尊重の風潮が、後の「夢をあおる社会」の土台となったと私は考えています。ちなみに、当時は「フリーター」という言葉も、組織に縛られない働き方をする人として憧れの的と捉えられていました。

バブルが崩壊し、1990年代以降のいわゆる「失われた20年」になると、経済的な閉塞感のなかで非正規雇用や就職難が問題となりました。すると経営者や政治家のなかから「若者が夢を持たなくなったことが問題なのではないか」という声が出てきた。非正規雇用の増加は、若者の耐性のなさや意欲が欠如していることが問題であり、上昇志向を持って意欲的に働くことを促すことで、経済的な閉塞感を打開できるはずだ……という声が大きくなっていったのです。

そうした背景があり、2000年代半ばから教育現場で「キャリア教育」が行われるようになりました。子どもたちに「夢」や「やりたいこと」をきちんと持ってもらうことで、将来非正規労働者やニートになることに歯止めをかけようとしたのです。さらに、「やりたいことを明確に」とあおる就活ビジネスなども重なって、今のような「夢をあおる社会」が形作られてきた、というのが私の考えです。

著書『夢があふれる社会に希望はあるか』(ベスト新書)

夢と上手に付き合う3つのポイント


ーーそのような状況のなかで、私たちは夢とどのように付き合っていけばよいのでしょうか?

児美川:3つのことが大事だと思っています。「夢の現実を知る」、「夢の周辺を知る」、そして「夢の“根っこ”を知る」ということです。

たとえば、プロ野球選手を目指している人がいるとします。であれば、どれくらいの人がプロになれているのか、プロの生活がどう成り立っているのか、何歳で引退し、引退後はなにをやっているかなどを調べてみる。これが「夢の現実を知る」ということです。現実を知ることで、漠然とした「憧れ」が、具体的な「目標」になります。

さらに、「夢の周辺を知る」という意味では、プロ野球選手のまわりで働いている職業はどんなものかを調べてみる。球団のスタッフやバット職人、トレーナーなどがいますね。そういった職業を知っておくと、仮にプロ野球選手という夢が叶わなかった時に他の選択肢が生まれます。

そして、「夢の“根っこ”を知る」。“根っこ”は、キャリア論では、「キャリアアンカー」と呼ばれています。組織心理学者エドガー・H・シャイン博士によって提唱された概念で、自分のキャリアにおけるアンカー(Anchor:船の“錨”)として、自分にとって選択の基準になる大切な価値観のことを指しています。

「“根っこ”を知る」とは、自分はなぜプロ野球選手になりたいのか、どのようなきっかけがあってこの夢を持つようになったのかなどを自分に問いかけて、その根本にある、自分にとって大切な価値観を探ってみるということです。

そうすると、もしかしたら“根っこ”にあるのは「野球の魅力を伝えたい」ということかもしれない。であれば、プロ野球選手でなくとも、記者やライター、アナウンサーでもいいわけです。自分の“根っこ”に沿った職業はひとつではないですから、「自分の夢の“根っこ”を知る」ことによってキャリアの選択肢が広がるのです。

“根っこ”を見つけてくれる「ドラえもんの道具」はない


ーーでは、夢を持てないでいる人はどうしたらいいでしょうか?

児美川:「“根っこ”を知る」のは、夢を持てないでいる方にも大切なことです。自分の価値観を知るためには、やったことのないことに挑戦したり、他者と関わったりしてみて、自分に“揺さぶり”をかけてみる。そうすると、「自分はこれを大切にしているんだな」ということがフッと見えてくることがあります。たとえば、自分がいつもいるコミュニティを出て、違うコミュニティに触れてみるのもいいでしょう。旅をして知らない土地や人と出会うのも有効ですね。

でも、忘れてはいけないのは、「体験」を自分のなかで生きる「経験」にするには、“自分の内側に入れる”ことが必要だということです。どういうことかというと、異質なものに出会ったときに、「おもしろいな」と思うだけでは足りない。そこで「これをおもしろいと感じるのはどうしてなんだろう」と、自分に問いかけてみるんです。そうすることで、単なる「体験」に過ぎなかった出来事に、自分で意味付けをすることができる。この“自分の内側に入れる”作業をすることで、自分の“根っこ”がだんだんと見えてきます。

ーー旅や異質なコミュニティに触れることをしなくても、今は「適職検査」や、「性格診断」などで自分の価値観を知ることができるのではないでしょうか?

児美川:自分の“根っこ”を見つけてくれる「ドラえもんの道具」みたいなものはないんですよ。適性検査や性格診断の結果だけで、「自分はこういう人間なんだ」と決めつけてしまうのは危うい。参考にするにはいいと思いますが、そこから見えてくるのは自分の一面でしかありません。やはり“根っこ”は、自分で体験し、その体験を振り返る時間をつくることで、だんだんと見えてきたり、つくられていくものなのだと思います。

取材中のひとコマ(写真:山中康司)

夢が実現しないと幸せになれないわけじゃない


児美川:私の学生時代の同級生で、俳優になりたかった人がいるのですが、今は平日には会社員として働きながら、土日に劇団で演劇をやっています。彼の当時の夢は叶ったわけではない。でも、ある年齢の時に、夢と折り合いをつけたんですね。それで、今は幸せそうにしています。

あとは、以前「やりたい仕事なんてないです」という就活生がいた。「どこの業界に行きたい、といった気持ちはない」と言うんです。でも、今では就職先でとても伸びやかに仕事をしている。その人は、もしかしたら「人の役に立ちたい」という“根っこ”を持っていたのかもしれません。「人の役に立ちたい」というのは、どこの業界やどこの会社であろうと実現できることですから、目の前の仕事に意味付けを見出しやすいのでしょう。

つまりこの2人の例からもわかるように、夢が実現しないと幸せになれないわけじゃない、ということなんです。夢があっても、もしかしたら誰かから持たされた夢なのかもしれない。だとしたら、夢が実現したからといって幸せになれるわけではありません。

仕事を通じて幸せを感じるために大事なのは、自分の人生を自律的にコントロールできていることなのだと思います。自分の“根っこ”がわかっていて、目の前の仕事と“根っこ”とのつながりを見つけることができれば、ちょっとした日常のなかにも幸せを見出すことはできるのです。

ゲスト・プロフィール

児美川孝一郎(こみかわ・こういちろう)
1963年生まれ。東京大学教育学部、同大学院教育学研究科博士課程を経て、法政大学に勤務。現在、キャリアデザイン学部教授。専門は、教育学(キャリア教育)。日本教育学会理事、日本キャリアデザイン学会理事。主な著書に『若者はなぜ「就職」できなくなったのか?』(日本図書センター)『キャリア教育のウソ』(ちくまプリマー新書)『夢があふれる社会に希望はあるか』(ベスト新書)等。

インタビューアー・プロフィール

山中康司(やまなか・こうじ)
働きかた編集者。「働くを、おもしろく」をテーマに、編集・ライティング、イベント企画運営・ファシリテーション、キャリアカウンセリングを行う。ブログ『働きかたを編集する』更新中。
読みもの&連載もの:2017年06月26日

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