仕事小説「素敵なジョブ・ホッピン」第2話ー働かないアリと3人の石積み職人ー

「まあ、おかけなさい。これから話す案件はあなたにとって特別なものになる、気がしないでもない」

そう言って、金田一幸之助は頭を左右に振った。何か発言したあとに軽くヘッドシェイクするのがこの人物の癖である。有働あぐりはその動きを見るたび吹きそうになるのだが、ボスを前にしてさすがにそれはこらえている。

ここは金田一が代表を務める「キャリア多様性ラボ」の応接室。キャリア多様性ラボとは彼女の所属するエージェント、いわば"会社"のようなものだ。プロの転職家である彼女は、ここを通して毎月別の職場へと派遣されている。

エージェントの所在地は日暮里。観光客で賑わう谷中銀座などのスポットから北へ、住宅街のほうへと少し歩くと、寺や神社が並ぶ緑の多いゾーンとなる。行き交う人も少ない坂道を上っていくと奥に「昭和モダン」とでも言うのだろうか、ずいぶん昔に建てらてたのであろう大きな洋館がひっそりと佇んでいた。

レトロ建築好きなら思わず足を止め、「ほおー」というため息とともに写真の一枚も撮りたくなってしまう物件ではあるが、残念なことに広い庭にはケヤキなどの樹木が鬱蒼と茂り、高い壁に囲まれてもいるため、外から中の様子をうかがい知ることはできない。

敷地内へと続くがっしりした鉄門には、「Career Diversity LAB」の小さなブロンズプレートがはめ込まれている。そこが個人宅ではなく、なんらかの組織の事務所だと思わせる目印はそれのみ。

そして「キャリア多様性ラボ」などともっともらしく謳ってはいても、関係者はだれもこの名称で呼ぶことはない。その存在を知る人々はここを"ジョブ・ホッパーの館"と言っている。あぐりは単に"会社"と呼ぶ。

Chapter3:JOBOT No.9の憂鬱


あぐりが金田一と面談しているのは、こういった由緒ありげなお館にふさわしいクラシックな書斎。主人の趣味だろうか? 壁には絵画ではなく額装された地図が飾られていたが、それは外国の地図ではなく、日本の古地図であることがミスマッチと言えばミスマッチだ。

本棚や机なども職人による手仕事を感じさせる年季の入ったもの揃いだが、よい家具と言えば「カリモク60」くらいしか知らないあぐりには、いまいち関心の持てない逸品たちでもある。見るからにアンティークなチェアに腰掛けた金田一はおもむろにこう切り出した。

「JOBOT No.9。貴女がここに所属して5年。体験した職場はすでに50。これまでの仕事ぶりを評価させてもらって、次は『W』の待遇でオファーしようと思っています。だが、これは簡単なお仕事ではなく。油断すると『落ちる』……気がしないでもない」

もったいぶったような言い方。そう言って金田一はまた頭を振る。「気がしないでもない」というひと言をつける癖もある。

この館ではあぐりたちは名前で呼ばれることはない。個人情報を秘匿するためだろうか。ここに所属する転職家たちは"JOBOT"と呼ばれ、各自ナンバーで業務管理されている。メンバー同士がどこのだれなのか、どんな仕事に従事しているのかはわからない仕組みが構築されていた。

そもそも金田一がどういった経緯で"ジョブ・ホッパーの館"を立ち上げたのか、あぐりは知らない。このエージェントに所属する転職家たちへの仕事を、彼はどうやって取ってきているのか? 安くはないギャラをどこから工面しているのか? 想像するだに謎は多い。

実際、あぐりたちが派遣される職場での仕事を考えると、作業内容の割にはいまの待遇は良すぎる。

例えばあぐりは都内のある邸宅に通い、「毎日2時間犬の散歩をしながら、その合間にキャラクター捕獲型スマホゲームをやり続ける」という仕事に就いたこともあった。このあいだのインド料理屋での仕事も、慣れてみればなんの変哲もないバイトとも言える。いずれも何のためにやるのか? よくわからない。

おまけに金田一の本業はこの組織の運営ではないようである。噂では世界をまたにかけてビジネスを展開しているそうだ。その身なり、身のこなしのひとつを見ても金だけはやたら持っているということが見て取れる。

あぐりはたとえ通りすがりであっても、男の背中を見るだけで「なぜかその人物の財力がわかってしまう」という嬉しくもない特技を持っていたが、その見立てでは金田一は滅多にお目にかかれないほどの逸材だった。飄々としているようで抜け目ない。こういう男はゼロか無限か、そのどちらかだろう、と思わせる空気を背中から漂わせている。

ある人はこの「転職家エージェント」を、グローバルマネーを転がすことで巨万の富を得た金田一による、"罪滅ぼし"としての人材育成事業だと言う。一方で「金田一は実は某国の中枢に通じており、インテリジェンスの一環として首都に諜報ネットワークを構築しようとしているのではないか?」と疑う人もいる。

だが、そんなことはどうでもいい。ちっぽけなあぐりの頭では、世の中というものは一体全体どうなっているのかよくわからない。そして「考えてもわからないことは考えない」というのが、彼女のポリシーである。わからないことを考えるなんて考えただけで憂鬱だ。

出どころさえよくわからない情報を信じ、生半可な連想と分析力でわからないことを真剣に考えてしまうと妄想ばかりがたくましくなり、人は心を病んだり、ときには陰謀論者になってしまったりする。つまり、すべてが疑わしくなってくるのである。

人間の情報処理能力などたかが知れている。無茶をすると脳が壊れる。それは不健全というものだろう。インターネットを見てみるといい。そこには壊れた頭から湯気を上げている人々による悲喜こもごもの叫びが溢れかえっている。こんな世の中で"健全さ"をキープすることは難しい。

ならば自分に"起こること"、その目で直接見たこと、聞いたこと、ふれたものからヒントを取捨選択し、それのみを信じて動くべし。他人から間接的に与えられた情報に一喜一憂するなんて時間の無駄だ。だって時間は一人に与えられた限りある資本なのだからーーあぐりは動物的な直感でそのことを知っている。

そして、いまは金田一の発する言葉と動きに集中している。年齢不詳のこの男は自分にどんな仕事を振ろうとしているのだろう。それにしても「W」とは。それはギャラの倍額を意味するが、それと同時に「落ちる」可能性も存在するリスキーな案件だという。詳細を早く教えてほしいものだ。

Chapter4:働かないアリたちの優雅な生活


だが、あぐりの期待とは裏腹に金田一のオリエンは、ゆるい雑談から始まった。

「JOBOT No.9。働きアリの法則を知っていますか?」

「いわゆるパレートの法則ですね? アリの集団には2:6:2の割合で、積極的に働く者、働きはするがほかのアリの指示に従うだけの者、何もせずサボる者に分かれると。で、積極的に働くアリだけを集めてチームにすると、なぜかまた同じことが起こってしまうという」

「そうです。しかし、最近の研究では、働いていないように見えるアリも実はサボっているのではない、という説が提唱されています。彼らはバリバリ働いているアリが動けなくなったときのために力を蓄えているのだとか。

そのシステムがないと不測の事態、つまり、何らかの理由で突然働くアリたちが全滅するようなカタストロフィーが発生したとき、コロニーは滅びてしまうと言います。大変興味深い現象ですね。もし、これが人間社会にも当てはまるのだとすれば。そう思いませんか?」

話にノってきたのか、見ると金田一は、貧乏ゆすりをしている。イマドキ珍しい昭和な習性。多少金持ちになったところで貧乏ゆすりひとつ直せない。人というのは摩訶不思議なものである。頭や足を時折動かすことで、彼なりに精神のバランスを取ろうとしているのかもしれない。

あぐりは逆に尋ねた。

「そのサボっているアリたちは、自分たちが"働かないアリ"だということを自覚しているのでしょうか。実はめいいっぱい働いているつもりなのでは? 餌も集めずあっちこっちをウロウロと。それだけで『あー、今日も1日頑張ったぞ!』と思っているのかもしれない。あるいは仕事なんてつまらないことは人に任せて、毎日を優雅に暮らしているのかも。ところで社長は3人の石積み職人の寓話を知っていますか?」

落とし所の見えないよくわからない話には、よくわからない話で応える。それがベストな対応というものだ。

「むろん。昔、あるところに3人の石積み職人がいて、通りすがりの旅人が聞いた。『なぜ、あなたはその仕事をするのですか?』と。1人目は『ただ石を積む』ためと答え、いかにもやる気のない様子。モチベーションの低い労働者ということですね。2人目は『家族を養うために壁を作っている』と答えた。このケースだと、もう少し労働意欲は高いのですが、仕事の大きな目的は理解していない。現在でも大半のサラリーマンがこのカテゴリーに入るでしょうが、自分と家族が食うために働いているだけ。そして、3人目は…」

あぐりが続ける。

「『私は教会を作っている。多くの人々が未来永劫ここで祈りを捧げることで、この石の壁は歴史になっていくでしょう』と。大きな目的がない仕事は働き手の意欲を削ぐと言いたいのでしょうが、よくできた教訓話です。3流企業の経営者が朝礼で話したくなるムード満点の。

でも疑問なのは、『歴史を作る』といった大きな目的をみんながシェアすることで、果たして教会は完成するんでしょうか? 私には一人目の石積み職人は悪い人ではない気がする。考えようによっては『ただ石を積むため』に働いたほうが、シンプルで気持ちいい。そのほうがピュアで美しい壁ができるようにも思うのですが」

話を聞きながら頭を左右に揺らしていた金田一の動きがピタッと止まる。この日初めて笑顔を見せた金田一はつぶやくように言う。

「アグリー…そんな気もしないでもない」

「ピンポーン♪」というチャイム音があぐりの脳内で響いた。何かと何かがうまく噛み合ったとき、つまり仕事の突破口が見出せたとき、なぜか彼女の頭の中で懐かしいクイズ番組の効果音が鳴る。

「あなたにこの仕事をオーダーすることにして正解だった。実は今回行っていただくのは『電芝グループ』です」

「電芝…あの電芝ですか?」

説明しよう。「電芝」とは日本有数のグループ企業である。電芝は高度成長期に家電ビジネスで事業を拡大、その後、金融、広告、不動産など異業種へのM&Aを国内外で繰り返すことでコングロマリット化し、現在では58万人もの従業員(連結)を雇用する超巨大企業に成長している。

そのブランド名への憧れを抱く者は多く、就職人気ランキングでは常にベストテン入り。一方でその影響力の大きさから日本を牛耳る"黒幕"とも噂されている。そしてここ最近では、海外ビジネスのつまづきや社員に課せられる異常な長時間労働の発覚などで、世間からのバッシングにさらされてもいた。

「私があそこで…何をするんです?」

「人を切ってほしい。巨大な巣穴に潜む"働かないアリ"をね。それも穏便に。じゃ、私はこの後フライトがありますから。詳しいことは『ばるぼら』に聞いていただければ」

そう言って頭をかきむしりながら金田一は慌ただしく席を立った。

作:淀川零

(バックナンバーはこちら)
仕事小説「素敵なジョブ・ホッピン」第1話

※このお話はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり実在のものとは関わりがありません
読みもの&連載もの:2017年05月17日

メルマガ登録いただくといち早く更新情報をお伝えします。

メルマガも読む

LINE@はじめました!

友だち追加
このページを気に入ったらいいね!しよう
見たことない仕事、見に行こう。

あわせて読みたい

オススメの「おとなのインターン」

Follow Me!


PAGE TOP