建築家・山嵜一也のコラム連載「イギリス人の割り切った働き方」vol.1ー勢いだけで日本を飛び出した私がロンドンで経験したこと

建築家の山嵜一也さんによる新連載です。山嵜さんは2001年に単身渡米したのち、ロンドン五輪招致マスタープラン模型、レガシーマスタープラン、グリニッジ公園馬術競技場の現場監理などのプロジェクトに携わり、帰国後は自身の事務所を立ち上げて活動されています。

昨年『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方− “短く働く”のに、“なぜか成果を出せる”人たち−』という書籍も上梓した山嵜さん。日本とイギリスの働き方はどこが違うのか? 「日本人からしたら大胆な割り切りが、建築デザイン、働き方、そして生き方にまで反映されていた」と振り返る山嵜さんにコラムスタイルで執筆いただきます。

直感で日本を飛び出し、イギリスの建築業界で切磋琢磨


 「ここは日本じゃないんだから、もう帰っていいよ。」

 英語でそう言っているように聞こえました。イギリスに到着し、働き始めた頃のことです。海外で仕事をしたくて日本を飛び出して1週間。私は面接を受けに行ったその場でスーツを着たまま働き始めていました。しかし、いまいち状況が呑み込めず、“残業”が少しでもアピールになれば、と事務所に居残る私の姑息な作戦に事務所のボスは優しく諭すように言いました。

 私が渡英したのは26歳でした。仕事の宛もなく勢いだけで日本を飛び出したわけですが、周到な準備など、もう少し上手は方法があったかも知れません。英語や実務経験をもう少し身に付けたてから渡英していたら、、、、とため息をついたことは何度もあります。しかし、当時はEU圏内の就労移動が容易だったため、EU圏内はもちろんのこと世界中の様々な背景を持つ同僚、特に社会人に成り立ての若い同世代と切磋琢磨できました。若さに価値があると思いましたが、何もないのに日本を飛び出したという直感に似た行動(≒若気の至り)はある意味正しかったと言えます。

 ロンドンを拠点に設計活動をしていたのは2001年から2012年というイギリスが大きく変わる12年間でした。ユーロ景気、市内連続爆破テロ、世界金融危機、ユーロ危機、そしてロンドンオリンピック。激動のイギリス建築業界で仕事をしていくなかで「日本とは違う」ことを日々体感していくことになります。私はその違いに対して、時に喜び、時に怒り、時に失望し、時に哀しみ、そして驚きました。

 煉瓦や石造の建物に突然ガラスの建築が立ち上がるというように伝統と革新が常に混在するのはイギリスの特徴かもしれません。寛容や柔軟であると言い換えられます。43歳のキャメロン首相を選ぶなど、当時36歳の私には少し上の先輩が老練な成熟国家を治める政治情勢にも俄然興味が沸きました。私が日本に帰国した後の出来事ですが、ロンドンは市長にムスリム教徒であるサディク・カーン氏を選びました。世界分断の不安のなか、多様性を体現した形になります。

 その一方で、国民投票によるEU離脱を選択するなど世界に大きな影響を与えました。私が見たイギリスは変化に強い国だと思います。変化に動じない。変化を受け入れる。EU離脱という判断もイギリスの新しい局面を切り開くという、という解釈をするのかもしれません。

日本人の働き方も今、変わろうとしている


 日本というのは世界的に見て非常に特異な国であると言えます。渡英直後に働き始めたのは夫婦経営の小さな設計事務所でしたが、彼らは日本を訪れ、日本に興味を持ったと言っていました。それが言葉の怪しい私を面白がって採用してくれた理由かもしれません。日本の技術力の粋を集めた超高層ビルの立ち並ぶ東京から寺社仏閣が点在する古都京都に数時間で弾丸列車と呼ばれる新幹線が繋ぎ、途中には雄大なマウント・フジが望める。

 もちろん、そのような国の建築業界で働く日本人がハードワークであることもリサーチ済みでした。それゆえの冒頭の言葉だったのです。この事務所を振り出しに私はイギリスの様々な建築設計事務所で働くわけですが、行く先々で日本の働き方との違いを意識することになりました。

 世界レベルから見てもハードワーカーとして有名な日本人の働き方が今、変わろうとしています。戦後の混乱期から前回の東京オリンピック1964を挟んだ高度経済成長期の中で身に付けてきたモーレツな働き方はある意味、サラリーマン徒弟制度の働き方だったのではないでしょうか。またデジタルネットワーク環境が発達していく中で働き方を肌で身に付けた人たちが「変われ」と言われても戸惑っているのではないでしょうか。「どのように変わることが働く日本人を幸せにするのだろうか?」を考えない限り、月末金曜日の夕方に退社を促す、もしくは会社の主電源を落として働けなくする、というような表層的な解決策にしかならないと思います。

 なにかを議論する際、参考にすべきものがあると取り組みやすいと思います。いわゆる、たたき台というものです。これからこのコラム連載でお伝えするのは私が経験したイギリス人の働き方であり、それがこれから変わりゆく日本人の働き方の参考になればと思います。

 「ここは日本じゃない」。

 イギリスに到着したのは2001年2月頃で、その日、事務所の高い窓から雪が降っているのが見えました。ロンドンに雪が降るのは珍しいとは住み始めて知るのですが、その雪を背にしたそのボスの言葉の意味を私はそれから12年間反芻することになります。



文:山嵜一也
(※写真も著者提供)

執筆者プロフィール

山嵜一也(やまざき・かずや)

山嵜一也建築設計事務所代表。1974年東京都生まれ。芝浦工業大学大学院建設工学修士課程修了。2001年単身渡英。観光ビザで500社以上の就職活動をし、ロンドンを拠点に活動開始。2003〜2012年に勤務したアライズ・アンド・モリソン・アーキテクツでは、ロンドン五輪招致マスタープラン模型、レガシーマスタープラン、グリニッジ公園馬術競技場の現場監理などに携わる。2013年1月帰国。東京に山嵜一也建築設計事務所設立。第243回王立アカデミー・サマーエキシビション入選、イタリアベネトン店舗コンペ入選、大阪五輪2008招致活動で戎橋筋にオブジェ展示(DDA賞)など受賞多数。女子美術大学非常勤講。2016年『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方− “短く働く”のに、“なぜか成果を出せる”人たち−』を上梓。

読みもの&連載もの:2017年05月08日

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