仕事小説「素敵なジョブ・ホッピン」 

Chapter1:ニンゲンなんてむいてけば消える玉ねぎのようなもの


「では、私はその人にひたすら玉ねぎを渡し続けるだけでいいんですね?」

有働あぐりは念を押すようにそう尋ねた。「社長」を名乗るその男は大きくうなずく。若干オーバーなリアクションだ。

「ソデス。是非お願いしますデス。玉ねぎパスする人、今だれもいない。私たちとても困っておりますデス」

ここは新宿にあるインド料理専門店。エスニックや各国料理の激戦区である歌舞伎町界隈でも、それなりに繁盛している店に入るだろう。

あぐりは仕事の面接でここを訪れた。

業務内容は「玉ねぎを超高速で刻む神技職人の補佐」。「シェフに玉ねぎを渡すだけ」とはちょっとありえないようなミッションであるが、世に言う簡単なお仕事のようだ。

彼女はいわゆるフリーターではない。その肩書きは「転職家」。

解説しよう。「転職家」とは様々な職を転々とすることを本業とするプロフェッショナル。世間的にはプロ・ジョブホッパーと呼ばれることもある。

しかし、フリーターが転々とバイトをしながらも「夢は正社員です!」などと淡い夢を見るのとはまるでマインドが違う。日々の仕事に倦みきったサラリーマンが「どこかにもっと自分にふさわしい職場が…」などと勘違いして、会社に内緒で職探しをするのともまったく異なる"専門職"なのである。

「転職家」はひたすら異業種転職を繰り返す。生涯のキャリア形成などは意にも介さず、そもそも「自分らしい仕事」などこの世に存在するわけがないという確信を元に動き続けるトライブ。

あぐりが所属する"転職家エージェント"では、「1ヶ月以上同じ仕事を続けてはならない」という鉄の掟さえ存在する。それを破れば足を洗わざるをえない稼業だ。

もちろん「転職家」は、それぞれの職種に求められるスキルを身につけているわけではない。どちらかと言うと、どんな仕事場の空気にも3秒で馴染める瞬発力と適応力がモノを言う。そこでの人間関係、組織のアレコレを瞬時に把握し、彼ら自身ではどうしようもできない"ささやかな課題"を短期間で解決する。

世に中は広い。一般常識的にはわけがわからないようなそんな職種にも一定のニーズはある。だが、オファーされる仕事は「ワケあり」が多い。「中の人」は気づきさえしない職場のスキマ中のスキマに潜り込む仕事ーーそれが「転職家」とも言えるだろう。

大学卒業後、1年の就業経験をへたのち、いまのエージェントに所属して早5年。あぐりはすでに50回もの転職を繰り返してきた。花屋、お菓子屋、イルカトレーナーといった女子が憧れそうな仕事から、日本語教師、ブックセレクター、イメージコンサルタントなどの頭脳ワーク&横文字系があるかと思うと、米屋、左官、有機野菜農家、猟師といった肉体勝負な仕事もある。変わったところでは、体調不良のメンバーの替わりを務める「地下アイドル」のオファーまであった。

年間の稼働は10か月と決め、オフの2か月は主に旅をする。どういう仕組みになっているのかはわからず、深く考えたこともないのだが、エージェントが支給するギャラはどんな仕事であっても月50万円。年に一度の契約更新時に100万のボーナスが出る。派遣される職種が偏ることを避けてか、来た仕事は基本的に断ることができないが、アラサーの女一人暮らしには申しぶんない待遇。

世間的な「安定」とは遠い世界かもしれないが、職場のくだらない人間関係に延々付き合う必要がないところが快適だ。どちらかと言うと男勝りで「シンプル」な性格だと自己分析するあぐりにはピッタリな仕事だった。

なぜ、多くの人がひとつの仕事にこだわり、理不尽な目にあいながらそれを続けるのか? あぐりにはまったく理解できない。

そんな彼女が嫌いな言葉は「自分らしく」。いい年になっても延々「自分探し」を続けてウジウジ悩んでいる同世代を見ると、「ムチでしばいてやりたい」。そんな欲望さえ沸き起こるのであった。

「"自分"なんてどこにある? ニンゲンはもっと猫に見習ったほうがいい。猫は自分なんて探さないけど自信に満ち溢れている。生きたいように生き、そのときが来ればだれにも言わずに姿を消す。ひと言の愚痴も言わずに」

彼女のポリシーは「リズミカル」。食べたいときに食べ、寝たいときに眠る。世界に過剰な"意味"は求めない動物的なタイプ。「人間なんてむいていけば消えてしまう玉ねぎのようなもの。その正体を考えるくらいなら食べたほうがマシ」と思っているのである。

仕事に意味や意義を求めてはいけない。それはただそこにある。玉ねぎはどこまで剥いても玉ねぎだ。

Chapter2:これは当初想定していたような「簡単なお仕事」ではない


「アンタ、わかるか? 刻まれてく玉ねぎの気持ち」

インド料理専門店「シャンティ・クリパヤ」の主任シェフ・ゴダイゴはそう言って白い歯を見せた。だが、その目は笑っていない。「玉ねぎの気持ちってなんだろう? そんなこと言われましても…」。そう思いながらも答えを探す。ゴダイゴはあぐりをテストしようとしているのだろう。彼なりのやり方で。

「それはわかりません、玉ねぎになってみないことには…。でも、たぶん泣いてるんだと思う。刻んでいるほうも涙が出るから」

「ハハハハ、そんな涙3日で枯れはてるよ。毎日何100個も刻んでいればネ」

「♪ピンポーン」。あぐりの脳内で、昔のクイズ番組でゲストが正解を言ったときの効果音が鳴った。派遣先の職場で"適切なコミュニケーション"ができたときは、いつもこの音がなる。

「転職家」はいかなるシーンにおいても、"素"であることが求められる。自分を大きく見せ「デキる私」をことさらにアピールする必要はなく、逆に「自信のない自分」を認めてもらおうと小細工を弄する必要もない。泣いても笑っても現場は1ヶ月。

「素は素敵で無敵」。それがあぐりのもう一つのポリシーだった。

とはいえ、あぐりの考えでは「転職家」はただのバカ正直でもいけない。これまでの経験上知っているのだが、たいていの職場は荒んでいる。できるだけすべての成功を「自分のおかげ」、逆に失敗は「人のせい」にしようとする罠がいっぱいだ。

その中で相手からも素のリアクションを引き出し、短期間でミッションを達成するためにはどうするか? よけいなことをしている暇などない。正しい意味で「シンプル」であることが重要だというのが、あぐりが導き出した結論である。

シェフのゴダイゴはネパール出身らしいが、日本語は「社長」より堪能だ。「枯れはてる」などという言い回し、いったいどこで覚えたものか。そのギラギラした目は「枯れる」などという世界とはほど遠いのだが。

そして玉ねぎを刻むゴダイゴのテクは凄まじい。その超絶っぷりをなんと形容すればいいのだろう。

まず、まな板などは使用せず、持ったまま包丁で切り込みを入れていく。そこで玉ねぎを手の中でスムースに回転させながら、今度は別の方向から切り込みを入れることでガンガンみじん切りにしていく。まるで手からオイルが出ているかのように、褐色のでかい手の中でクルクル踊る玉ねぎ。

こういったプロの刻みはテレビで見たことがあるとはいえ、リアルに本物を目にするとあまりの鮮やかさに驚かざるをえない。

すごいのは、みじんに切られるにつれ小さくなっていった玉ねぎが、最後はまるでマジックショーのように彼の手の中で消えてしまうように見えること。ひとつを仕上げるのにものの15秒もかからない。見る見るうちに、みじん切りが山になっていく。

もし、世界玉ねぎみじん切りコンテストが開催されれば、ゴダイゴは間違いなくいい線行くだろう。そしてもし、この世に玉ねぎの神が存在するなら、真っ先に地獄送りになりそうな人間だ。

「渡して。早く」とゴダイゴが言う。そう、あぐりのここでの仕事は彼に玉ねぎを渡すこと。次から次へと玉ねぎを消し去っていく(ように見える)彼の手に、ベストなタイミングで次をパスしなければならない。

これは当初想定していたような「簡単なお仕事」ではないと、あぐりはすでに悟っていた。

渡すタイミングが少しでも遅れると、ゴダイゴの手が止まる。しかし、頑固な職人シェフである彼はそれを良しとはしない。まるで機械のようにシームレスに刻み続けたいというワガママさ。彼の手の中で玉ねぎが消滅するや否や、その手の中にネクストが魔法のように存在しなければならないのだ。

そもそも「玉ねぎを刻む」などという、厨房の中ではおそらく最年少か見習いシェフがやるであろう仕事を、なぜチーフであるゴダイゴがやっているのか? 同じくネパール人である「社長」があぐりとの面接で語ったところによると、こういう事情らしい。

「ゴダイゴ、全部自分でやらないと気がすまない人ね。玉ねぎパスに若い人つけても怒られてすぐやめる。でも、ベテランはそういうのやりたがらなくて。で、ゴダイゴのテンション下がるとお店まわんない。そのわけで私たち大層困っておりますデス…」

そーゆーことか。つまり、この仕事は本職のシェフやそれを志す人々、あるいは人情の機微やゴダイゴの複雑なキャラが理解できないであろう大学生バイトには務まらない。「転職家」としてあぐりが体験してきた数々の仕事は、おおむねこういったワケあり案件であった。

あぐりはインド料理屋の厨房に初めて足を踏み入れたが、そこは想像以上にスパイスの香り漂う場所だった。キーンと鼻の奥にくるようで甘ったるくーーこれまで体験したことない匂いの洪水に頭がクラクラする。

インド料理専門店「シャンティ・クリパヤ」では、ゴダイゴの必殺技が、客席からもガラス越しに見えるようになっている。インドカレー屋ではよくタンドール窯でナンなどを焼くところを半ばショー的に見せている店があるが、この超人的玉ねぎ刻みは「シャンティ・クリパヤ」名物ともなっているのだ。

実際、某動画共有サイトなどでは、客が撮影した玉ねぎ動画が公開され、それなりに視聴されるPRコンテンツとなっている。グルメレビューサイトでも玉ねぎ刻みについてのコメントが頻繁に見られる。ルックスや醸し出す空気など、第3者からは好印象で受け止められそうなあぐりなら、客受けもよしと「社長」は踏んだのだろう。

「早く。もっと早く渡してくんないと手刻んじゃうよ!」

ゴダイゴの声が飛ぶ。油断したスキに玉ねぎは完全にバラされていた。ふと見ると、大量の玉ねぎたちを入れた箱はすでに空になっている。追加はどこにあるのか? ありかを尋ねようと、ゴダイゴを見るとその顔はすでに怒気を含んだチリペッパー色に染まり、右手に包丁、左手で棚の上の箱を指さしている。

どうやら瞬間湯沸かし傾向のあるおっさんのようだ。若手の即辞めもうなずける。あぐりは経験上知っていた。このタイプは言葉でやりとりしてもラチがあかない。カラダでわからせる必要がある。

箱からすかさず皮をむいた一個を取り出したあぐりは、それをいきなりゴダイゴ目がけてアンダーハンドで投げた。ゆるい放物線を描いた玉ねぎは、ゴダイゴの左手にすっぽり収まる。揺れるポニーテイル。ゴダイゴはあっけにとられた表情になっている。

「♪ピンポーン」。2度目のチャイムが鳴った。大量のみじん切りから飛散する硫化アリルのせいだろう、まったく悲しくもコワくもないのだが、涙が出てきた。鼻水もちょい。

「スパイシーなお仕事になりそう」

涙をドボドボ流しながらも不思議なことに、ちょっとワクワクしてくる。いつの間にかあぐりは、魔法のように消えていく玉ねぎたちの気持ちに思いを馳せていた。(続く)

作:淀川零

※このお話はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり実在のものとは関わりがありません
読みもの&連載もの:2017年04月20日

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