ひところに流行った言葉、「社会起業家」。この言葉を聞いて、貴方はどんなイメージを想像するだろう?「社会貢献」「奉仕の心」「ボランティア」―恐らくこういった決して「金儲け」とは程遠い言葉を思い浮かべることがほとんどではないだろうか。
だが、「社会貢献」も叶えながら利益を出す「ビジネス」として、事業を成立させる企業がこの日本にある。それが
ボーダレス・ジャパン(以下:ボーダレス)だ。創業約10年目にして今期(2016年度)は10事業で30億を超える売上をたたき出し、まだまだその勢いは止まらない。
彼らは事業の成果を示す指標として「売上」だけではなく、社会貢献にどれだけつながったかを以下のような「ソーシャルインパクト」という指標で可視化しているのが特徴的だ。
・オーガニックハーブのフェアトレード(公正な価格での取引)で生活を支えているミャンマーの貧困農家の数→約400世帯
・入居差別を受ける外国人に住居を提供し、国際理解を深めるシェアハウスの入居者数→約6,000人
・バングラデシュの自社工場で生み出している、社会的弱者や貧困層の雇用者数→約500人
(出典:
株式会社ボーダレス・ジャパン/ソーシャルインパクト)
また、通常はNPO等による“寄付”という形態が多いこの社会貢献の業界の中で、ボーダレスではあくまで“ビジネス”で解決しようとする姿勢を貫き、この30億という売上も行政からの助成金等は一切無し。
商品を売る際もいわゆる“貧困を救うために協力を”というアプローチは取らずに、純粋に“商品力のみ”で勝負している点も印象的だ。
今日はこのボーダレス・ジャパンの社長、田口一成氏にロングインタビュー。数ある社会起業家の中で、ここまで企業を大きくしてきた秘訣とは?
聞き手:寺崎倫代(シゴトゴト編集部)
(※写真提供:株式会社ボーダレス・ジャパン/
TEDxHimi)
ミャンマーのオーガニックハーブで開発したハーブティーが、楽天ランキング常時No.1ヒットに
生粋の九州男児の田口氏。現在も福岡を拠点に活動。プライベートでは三児の父のイクメン。
(写真提供:株式会社ボーダレス・ジャパン)
――ボーダレス・ジャパンとはどんな会社なんですか?
田口:簡単に言うと、社会課題を解決する事業“ソーシャルビジネス”だけをやる会社です。
でも、この「社会起業家」や「ソーシャルビジネス」という言葉の定義はあいまいで、最近は言ったもの勝ちな感じもあるし、人によって使い方はまちまちですよね。
――確かに、すごい広義の意味だとソーシャルビジネスはSNSなどを絡めた事業だ、という人もいますしね。
田口:はい。なので、そんな多様な定義の中でも僕たちは、“ちょっとした社会の不満や不快、不安”といったものではなく、“人々の生活に支障をきたすレベルの問題”を「社会課題」と捉えて、“それを解決するビジネス”を「ソーシャルビジネス」と呼んでいます。
結果として、一般のビジネスではなかなか手を付けていないところに取り組むことが多くなりますね。
――“みんなが手を付けてない”ところであえてビジネスに挑む・・・っとなると、当然そこには誰も手を付けないだけの理由(=問題)があるわけですよね?
田口:そうですね。例として僕らがミャンマーのリンレイ村という農村でやっている
AMOMAというオーガニックハーブティーの事業でご説明しましょう。
リンレイ村は葉巻たばこの栽培を長年行っている農村でした。
が、大量の農薬による健康被害がひどく、土が弱って肥料にも高いコストがかかる。にも関わらず商品単価は近年下落していて、農家さんたちは「作っても作っても仲買人からの借金がかさんでいく」…という大変苦しい状況でした。
農薬で土地は汚れ、森林伐採を続けた山は保水力を失い、水も乏しい。他の作物に切り替えようにも仲買人からの借金が返せる目途もなく、村の人たちに葉巻たばこ以外の栽培のスキルもない。
――なんだか聞いているだけでしんどくなる状況・・・確かに、そんな問題山積みだと普通は「なんでわざわざそんなところでビジネスを?」ってなりますよね。
田口:ええ、その通りです。通常のビジネスは、何かしら“自社の技術や知識が活かせる分野”や、“これから伸びる成長マーケット”がまずあってから、事業を始める。
でも、僕らの場合はまず“この社会課題を解決するにはどんなビジネスが良いか?”という順番で考える。ここが決定的に違います。
だから、ビジネスの取り組み方自体も、単に「農家さんが作った作物をフェアトレードで公正な値段で取引すれば良い」、「高い値段で買取保証すれば良い」というような”結果だけ”に焦点を当てれば良い訳ではなくなるんですね。
――ということはもっと根本的なところから関わって、解決を考えていかないといけない・・・と?
田口:そういうことですね、では僕らが実際にリンレイ村でやった事をお話しします。
まずは1年間、お金を払って村に土地と家を借りて、自分たちで“住み込み”でテスト栽培しながら「この村でどんなハーブが育つのか?」を確認していきました。
その過程で村人と信頼関係を築いていき、彼らの生活が“良くなる”と確信できる「ハーブの種類」や「収穫量」を試算した上で、初めて村の人たちにオーガニックハーブの栽培を正式に提案しました。
――確かに、いきなり見ず知らずの国からやってきて「これやりましょう!」っと言われても抵抗感ありそうです。ちゃんとステップを踏んでいるんですね。
田口:村の人たちから一緒にやろう!という回答をもらってからは、土をひっくり返し土壌を変えて、有機農法の専門家が何人も住み込んで、ゼロから栽培指導をする。
もちろん指導料なんかもらいません。その村の仲間として一緒にやるんです。井戸も自分たちの費用で堀り、ハーブを出荷するために乾燥・パッキングする工場も建てました。
それでも、村の人たちは仲買人からの多額の借金をしていたので、簡単にハーブ栽培へ切り替える事はできなかったんですね。なので僕らが仲買人と話をし、彼らに借金の建て替え払いをする代わりに村から手を引いてもらうよう説得しました。
そして、建て替えた借金をどう返していくかを農家さんと一緒に考えたり、村の人たちがもっと計画的に生活設計できるようマイクロファイナンスも提供したり…と。
そうやって、村の人たちと一緒になって様々な問題を解決していきます。実際現場に行けば、単純に「フェアトレードプライスで買取保証“だけ”すれば良い」なんてもんじゃないんだな、と分かりますよ。
ミャンマー・リンレイ村でのハーブの収穫の様子。
(写真提供:株式会社ボーダレス・ジャパン)
――すごい・・・そこまでいくと親が子供に施すくらいのフルサポートですね。でも失礼ですが正直それだけ聞くと、本当にそこから利益の出るビジネスが生まれる気が全くしないのですが・・・
田口:今の事業を軌道に乗せるまでは3年がかかっています。なので、僕たちの手掛ける商品は、必ず高付加価値のものでないと成り立ちません。
利幅が高い商品にしないと、そこの裏側でかかる全てのコストが回収できないからです。その分、マーケティング側でがんばらないとダメ、ということですね。
――はい、たぶんそこが一番難しいんだろうなあ・・・って思っていました。この事業ではどうやって策を練っていったんですか?
田口:このハーブティー事業の例でいえば、スーパーで売っている普通の紅茶のような“大衆向け”の商品ではなく、“妊婦さんや授乳期のママ”にターゲットを絞って、特別なハーブティーを開発し高い付加価値を生み出す、という戦略です。
あくまでも商品自体が優れていないといけないので、僕たちは助産師や英国メディカルハーバリストと一緒に日本の妊婦さんや産後ママ用のブレンドレシピを約9か月かけて共同開発しました。
今ではAMOMAは楽天市場のハーブティー部門ランキングでも常時トップのブランドに成長しています。全国の15%の産婦人科病院でも配布され、全国のアカチャンホンポでも取り扱いされています。
2014年には楽天のショップオブザイヤーにも選ばれたAMOMA。
(写真提供:ボーダレス・ジャパン)
――なるほど、あえて大きな市場ではなくすごく特定の市場のニーズを満たすことで高付加価値を成し遂げるんですね。
田口:はい。ニッチな市場でトップになることを目指していますね。大きな市場で戦うことは想定しません。大きな市場にはそれだけ大きな企業が参入すると思うし、それは彼らに任せておけばいい。
――確かに、大きな企業が入ってくれば、どうしてもそれだけ競争も激化しますもんね。
田口:そうですね。市場の適切なサイズをよく見極めて、ニッチな市場でトップを取ること。それをどれだけ長く維持できるか?を考えて、無理な拡大はしない。
無理な拡大を目指して価格競争をし始めてしまえば、さっき言ったような普通のビジネスにはない諸々のコストを吸収できなくなるんです。
人は拡大志向があるから、どうしても“1つの事業”で拡大することを考えがちです。が、それは事業戦略としてはとても危ない考え方だと思っていて。
――そうですね、競争が激化するから長時間労働や児童労働問題などの社会問題が生まれている訳ですしね。それでは意味がないと?
田口:そう、僕たちの最優先は社会課題の解決なので、大きなソーシャルインパクトを“出し続ける”ことが目的です。そして、「途中で強い競合が出てきたので仕方なく負けました」と途中で辞めることは許されない。
かと言って、隠れて小さく細々とやれば良いというわけでもない。だから僕たちは課題に対して一つではなく、様々な角度からアプローチして、結果大きなインパクトにつなげようと考えています。
「ある程度の市場規模を見越した“ニッチ市場”で“トップブランド”をたくさん持って、市況の変化に左右されない“継続的な”インパクトを出し続けられるようにしている」ということです。
――それは・・・大変な努力が必要とされそうですね。そうすると、やはり自分たちのビジネスの特性を最大限に生かすべく「商品を買うことで貧困を救いましょう」というアプローチをするんですか?
田口:いえ、僕たちは「途上国のかわいそうな人が作ったものだから買ってください」という見せ方は一切しません。純粋に市場で通用する商品力で勝負します。
その理由は二つあって、一つはマーケットサイズです。善意をつなぐエシカル商品(※倫理的な消費観に基づいた商品)はとても素敵だし、それはそれで大切な役割を果たしていると思います。
が、僕らはエシカル商品を作りたい訳ではなく、社会課題を解決したい。だから、まだ小さいエシカルマーケットに頼っていては、なかなか大きなインパクトが出しづらい。自ら市場規模を狭めるような売り方はしない、ということです。
――なるほど、確かに現実的な考えですね。
田口:二つ目が、これが一番大きな理由なのですが、彼らが悲しむだろうと思うからです。自分たちが丹精込めて作ったものを、「彼らが可哀想だから助けてください」という売り方をされるのは、僕が彼らだったら悲しいですね。やっぱり「良い商品だからどうぞ!」という売り方を僕だったらして欲しい。
仕入れの面からみれば、裏側では通常より大変なコストと手間がかかる。普通に商社から買えばどれだけ安くつくか・・・(笑)それなのに売るときは普通のビジネスと同じ土俵で勝負しないといけない。
僕らソーシャルビジネスマンは、こういう最初から不利な状況で戦わないとならない。ビジネスという面だけで見ればこんなに非効率的なことはないですよね。
でもだからこそ、こういう会社があってもいいんじゃないかと。
もう、お金のためだけじゃ頑張れない?働くモチベーションを上げる新しい尺度も必要な時代
――ボーダレス・ジャパンでは社会貢献度を具体的に測るソーシャルインパクトという尺度を売上と同じくらい重要な指標として挙げていますね。
田口:売上と同じくらい、というよりむしろそれより重要視していますね。繰り返しになりますが、僕たちの目的は社会課題の解決が第一目標で、売上規模というのはそれを示す一つの指標に過ぎないので。
――こういったことを可視化するのは非常に大切だな、と思いました。今後、このようなソーシャルインパクトの指標がより世の中のスタンダードになっていくといいなぁと思いますがいかがですか?
田口:現状としては、バリバリにビジネスをやっている人から見れば、このソーシャルインパクトという尺度も甘っちょろいというか、所詮「売上を稼ぐ力がない人たちが言っている“戯言”」と思われてる部分もあるだろうな、と思います。
使命感を持って真剣に事業拡大にコミットしてる優秀なビジネスマンであればあるほど、「ソーシャルビジネス」という言葉に嫌悪感や抵抗はきっとあると思うし、それは当たり前の感覚だと思います。だから、みんながそういう風にならなければならないということでは決してないと思う。
――メインストリームにはならない、と?
田口:ある時を境にガラっと変わる、ということはないでしょう。でも、昨今の世の中の流れを見ていると、もう「売上や利益を上げる」ということだけに盲目的に心血を注げる時代ではなくなっているのは確実だと思うんです。
それよりもっと、QOL(=Quality of Life:生活の質的向上)のためというか、「お金以外の何かのために働く」という尺度をみんな持ち始めていると思います。
そうなったときに「NPOやNGO、行政以外の道もあるんだ」、「しっかり給料も貰いながら社会課題の解決のために、今まで培ってきたビジネスマンとしての力を発揮できる道があるんだ」と思えるロールモデルを築いていくことが大切だと思っています。
――確かに、どこかで無意識的に「お金を儲けること」と「やりたいこと」は共存できない、ってあきらめてしまっている節はありますよね。逆にそれが「大人になる」ってことだ、と自分を納得させようとしているというか。
田口:でももし、社会課題の解決のためにビジネスを始める人の割合がどんどん増えていって、自然と「あなたのビジネスはどんな社会課題を解決してんの?」「今出せてるインパクトどれくらい?」というような会話がビジネスマンたちの間で増えていくと、そのインパクトは大きいですよね。
優秀なビジネスマンたちがそのために動き出したら、社会がよい方向に向かうスピードは間違いなく加速されます。そのためのファーストペンギン(※魚を求めて群れから天敵がいるかもしれない海へ最初に飛びこむペンギンのこと)でありたいと僕らは思っています。
――でも、これまでのお話をお伺いする限り「すごくできるビジネスマン」のような人でないととてもこういった仕事は自分にはできなさそう・・・という印象も正直受けます。
田口:それは半分そうだし、半分そうじゃないです。やっぱり、社会的インパクトを出すためには僕たちはプロとしてビジネススキルを磨くことは大切だし、その努力を真剣にしないで社会貢献を叫ぶだけでは、「また稼ぐ力がないやつがキレイごと言ってる」と思われて終わってしまいます。
でも一方で、これを優秀なビジネスマンだけができる特別なものというのも間違っていますよね。人それぞれスキルや力量は違いますが、それぞれに応じた規模感で、みんながやれるはずです。
ボーダレスでも、経験も何もない入社まもない若い人間たちが自分の事業を始めて、それなりの規模のビジネスを回してしっかりソーシャルインパクトを出しています。
――確かに、事業社長の中でも20代の方々結構多いですよね。驚きです。
田口:「社会貢献をしたい、でも自分にできるか自信がない…。」そういった人って多いと思うんです。
そういう人たちでも、僕たちのようにまだ経験もなく若い人間が活躍する姿を見れば、「私にもできるかも」っと思えて、一歩踏み出す。
そんな循環を生み出して行きたい、と思っています。
――――――――――――――――――
最近の 調査(就職活動サイト「ジョブウェブ」調べ)によると、「社会貢献」を仕事選びの基準として重視する人は以前に比べると増加傾向だという。
働くにあたってもちろんお金の要素が重要なことは言うまでもないが、それ以外の指標も必要な時代は確かにやってきているのかもしれない。
後半のインタビューはコチラ:売上30億の社会起業家、ボーダレス・ジャパン田口一成氏に訊く(後編)これからの「安定企業」と「日本の社会課題」とは?
Profile
田口一成(たぐち・かずなり)
1980年生まれ。福岡県出身。株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長。
早稲田大学商学部卒。大学2年時に、発展途上国で栄養失調に苦しむ子どもの映像を見て「これぞ自分が人生をかける価値がある」と決意。株式会社ミスミ入社後、25歳で創業。現在は、日本・韓国・台湾・バングラデシュ・ミャンマーで世界を変える10個のソーシャルビジネスを推進中。