(「シゴトゴト」編集長カワジリが、仕事・働き方に関するニュースや本、映画などに関して、思いつくまま気ままに書いていきます。前回の鎌倉時代の話から今回は現代へ)
イマドキの「デキる男」とは? を知る格好の"教材"
「働きたくない」。こんな一文から始まる本がある。『働く男』という本である。
著者の名は星野源。「逃げ恥」の人だ。いまおそらく日本でもっとも多忙を極めていそうなミュージシャンであり、俳優。仕事でノリにノッていそうな人が、本の書き出しを「働きたくない」で始めるのがちょっと興味深い。
とはいえ「そっかあ、あの星野源でも仕事がツラいんだね!」と共感するのはやや早とちりかも。
まず、この本がリリースされたのは何年か前のこと(単行本が2013年)。「働きたくない」のフレーズは、2015年に文庫になるときに前書きとして加筆された部分なので、いまも彼がそう思っているかはわからない。
おまけにこの『働く男』に収録されている記事の大半は、映画レビューや自分の曲、出演作を紹介するエッセイだったりする。
つまり、近頃流行りの「働き方のノウハウ」あるいは「仕事メンタルを鍛える方法」を書いているわけではないので、そこは注意が必要だ。タイトルにつられて買ってはいけない(私のように)。「働く男」は星野源がリスペクトしているユニコーンの曲から拝借したものだろう。
しかしこの本、いま旬なタレントの仕事観みたいなものが垣間見えるという意味で面白い。イマドキの「デキる男」とは? を知る格好の"教材"と言えそうなところもあり、その意味ではファンでなくともタメになる。
実際、「星野源はなぜモテる?」について多くの人が関心を持っている。ご存知のようにドラマ「逃げ恥」がブレイクしてから、巷にはガッキーと同時に源さん情報もあふれ、年が明けてからも関連ニュースはあまた。
なぜかミドル男性向けメディアで「星野源のどこがいいの?」的な解説もチラホラ。例えば以下のような記事たちである。
★星野源 モテる理由は絶妙なほどほど感と不快感のなさ(「NEWSポストセブン」1月14日)
★星野源「地味で普通でつまらん男」が妙齢女子にモテモテなワケ(「現代ビジネス」1月30日)
ガツガツと仕事をしそうなイメージがまるでない、「ほどほど」で「地味&普通」な"塩系男子"でありながらモテる&仕事もうまくいくーーなぜなんだ? 星野。私も含め「ガツガツと仕事をするフリ」だけなら得意なおっさんたちもそれを知りたがっている。
「教えて、源さん!」というわけだ。
私が見た星野源は"起業家"みたいな空気も漂わせていた
で、その秘密のいったんが『働く男』には書かれているわけだが、読んですぐわかるのは、実はものすごく「猛烈に働く男」なんですね、この方。働きマン中の働きマン。「ほどほど」や「普通」とはかけ離れた仕事ぶり。メーター振り切れるほどストイックに努力しているんだけど、「頑張ってないフリ」がまずうまい。つまりは役者だ。
「夢を売る仕事」であるタレントやクリエイターはそういう人が多い。いかにも毎日「遊んでる」ように世間には見せてる。昔、あるデザインの巨匠に「その仕事がどんだけ大変だったとしても、作ってるものに苦労感出ちゃダメだからね、絶対に!」って言われたことがあるが、そういうこと。
この本には、その"働きマン"ぶりをうかがわせるこんな記述もあった。
ただいま作曲中。いつものように「ものづくり地獄」にドはまり中です。
説明しよう! 「ものづくり地獄」とは、自分の表現や作品作りに情熱を注ぐあまり生半可なものでは満足できなくなり、試行錯誤を繰り返しては悩み、なかなか完成せずノイローゼ状態となって産みの苦しみと作る喜びの狭間を行ったり来たりを繰り返す、無間地獄のごとき生活である。(『働く男」P.112より)
軽いタッチでサラッと書いてはいるが、これが星野源の仕事の進め方なのだろう。
そう言えば、いまを去ること10年くらい前、彼がまだ「SAKEROCK(サケロック)」というバンドのリーダーとしてのみ活動していた頃(ソロ活動始める前)にインタビューしたことがある。そのときの印象は真面目すぎるくらいド真面目。「自分の手がけるプロジェクトをどうやって世間にPRしていくか?」に全力で取り組む"若手起業家"みたいな風情さえ漂っていた。
懐かしいのでそのときの彼の発言部分からちょっと拝借。
星野:インストバンドってやっぱり聴いてもらわないことにはわかりにくくて、世間に伝わりにくいところがある。歌がないぶんキャッチーじゃないというか。だから、自分たちをどう面白がってもらうかっていうのは、いつも意識してます。
ウェブの宣伝ページの文章を考えたり、場合によってはMVも自分で演出したり。まあ、そういうことが好きなんですけどね。(雑誌「広告批評」2008年より)
ちなみに『働く男』(2013年)の初版帯のキャッチコピーはこんな感じでなかなか凄まじい。
「どれだけ忙しくても、働いていたい。ハードすぎて過労死しようが、僕には関係ありません」
だが、時代は変わる。このキャッチコピーは近頃では使えないかもしれない。実際いまの文庫版では「すごく変な本です」に変わっている。2017年現在の社会の空気の中では、当初のキャッチコピーを過激な挑発と捉える人もいそうだ。
彼のTwitterアカウントが昔つぶやいたエロコメントがいまさら炎上したりもしているが、昨日OKだったワードが今日はNG。「時代なんてパッと変わる」ことがよくわかる言葉のケーススタディでもある。
2013年当時、すでにかなり人気者になっていた星野源自身にもその後変化があった。この本の文章を入稿して後、発売前にくも膜下出血で倒れたのである(そのときもすごいニュースになってた)。文庫化に際して加筆された前書きには次のように書いている。
過酷な入院生活で、私は大人になった。仕事が中心の生活ではなく、己が中心の生活に変わった。「仕事がないと生きていけない」ではなく、「仕事って楽しい」「でもなるべくサボって遊んでいたい」という性格に変わった。私は、「働く男」から、「働きたくない男」になった。
とはいえ彼を、「働く男」の自分を否定する気にはなれない。(『働く男』P.5より)
全国のカメレオン男子にむしろオススメ
その心境の変化もあって、冒頭の「働きたくない宣言」がある。ただ、このワーカホリック体質は星野自身も言うように、彼の"源"のところではそんなに変わってないかもしれない。「ワーカホリック体質」と書いたが、それは良いもの、面白いものを力の限り作り続けたいという「クリエイター気質」のことでもある。
本書を読んでほかに気づくのは、時代の"少し先"を読む目の確かさと、そことの絶妙なバランスの取り方。私なりの言い方をすれば「編集力」が高い。
例えば「働きたくない」から始まる本はいまウケそうだ。
でも、これが5年前ならどうだったろう? 「売れてるクセに何言ってんだコイツ?」みたいなことになって、本が売れるどころか反感を買ったかもしれない。そう言えば当時、いろんな人がSNSにしきりと投稿していた「忙しくて寝てないオレ」的なアピールも近頃めっきり見かけなくなった。
ここ数年で「働きすぎ」はすっかりカッコ悪いことになってしまったのである。実際この記事コーナーでも、いまダントツで読まれているのは、浅生鴨氏による連載
「働かない働き方」だ。
『働く男』の「俺を支える55の○○」というコーナーでは、映画や漫画、音楽、人物など自分が影響を受けたものや好きなものを並べているが、だれもが知ってるポピュラーなものの中に、マニアックなJAZZの名盤なども忍びこませ、引き出しの多さを感じさせる。
そうやって見ていくと、星野源の働き方はまるでカメレオン。人間性までは知らないが、醸し出す雰囲気もそれに近いような。カメレオンは周囲の環境に応じて、色んな色に変わる。それでいて獲物が来たときだけ内側にあるもの(舌)を出して秒速で捉える超絶スキル。女子たちは彼が放つそのビーム(色気)に瞬殺されてしまうのかも。
木の上でじっとおとなしくしてまったりと。まるで働いてないように見えて実は24時間スタンバイ、つまりは仕事中なのである。
その意味では、草食系ともちょっと違うかも。いわゆる「ゆとり」とは対極にある感じ。それらを演じることはうまそうだが。
音楽をやり、芝居をやり、文章も書くことから「マルチな活躍」とか言われることも多そうだが、そういった自在に思える「働き方」もいまみたいな副業時代にはフィットしている(文章の仕事は、書きたくて、最初は自分で営業して回ったようだ)。
こういった活動ぶりからか、編集部のある女子は星野源を「器用貧乏そう」と評していたが(貧乏ではないと思うが)、器用そうで色々やってるように見えても、やっぱりその根っこ、つまりは「やりたいこと」がまず大事。
でも、それを見つけて成功させるまでにはなかなかヘビーな旅もある。そんな"修行な旅"も一度くらいは体験しとかないと、人間やりたいことなんてなかなか実現できないだろうし、それが見つかることもない。この本を読むとそのへんのリアリティがよくわかる。
で、星野源に胸キュンな女子たちはもちろんのこと、肝心の「やりたいこと」がなかなか見つからず、まだ一度も「舌を出したことさえない」カメレオン男子たちに、本書を"ロールモデルな一冊"としてオススメする次第。仕事が多すぎてヘビーな日々を送っている人々にも。ある意味、「働き方って○○!」みたいに謳った本より仕事の参考になるかも。モテるようにはならないと思うが…。
星野と同じく爬虫類系に思える又吉直樹との「働く男同士対談」(巻末)も、現代のリアルな働き方論として読み応えありだ。
文:河尻亨一(銀河ライター・シゴトゴト編集長)
この連載のバックナンバー:
徒然WORK NEWS「睦月の巻」ーどんだけフリーダムに働いてたんだよ? 昔昔昔の日本人てー
書き手プロフィール
河尻亨一(かわじり・こういち)
銀河ライター/東北芸工大客員教授。1974年生まれ。雑誌「広告批評」在籍中に、多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰し、取材・執筆からイベントのファシリテーション、企業コンテンツの企画制作なども。仕事旅行社ではキュレーターを務める。アカデミー賞、グラミー賞なども受賞した伝説のデザイナー石岡瑛子の伝記
「TIMELESSー石岡瑛子とその時代」をウェブ連載中。
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