2017年01月18日更新

中目黒のカセットテープ屋さん「waltz」店主の角田太郎さんに会いに行く。「人に与えることで運はつくれると思うんですよね」

中目黒の住宅街の片隅にある、いま話題のお店。その名は「waltz」。音楽や映像作品をカセットテープやレコード、VHSなどで販売するだけでなく、雑誌のバックナンバーや書籍も扱っています。

みなさんも、このお店を紹介する記事などを目にしたことがあるかもしれません。

店主は角田太郎さん。角田さんは2つの会社に勤めた後、当時、日本で事業を立ち上げつつあったamazon(アマゾンジャパン)に入社、14年間の勤務をへて独立、このお店をオープンしました。

世界最大手のECサイトに関わっていた角田さんが、なぜレコードやカセットテープのお店を開こうと考えたのか? そのことで働き方は変わったのか変わらないのか? とある晴れた冬の日に、お店にお邪魔してお話うかがってきました。 

聞き手・構成・写真:河口茜+島田綾子(シゴトゴト編集部)

失敗が許されるときはむしろ失敗したほうがいい


中目黒駅から徒歩15分程度。"ナカメ"と言えば近頃では「イケてる若者の街!」といったイメージもありますが、ここまで来ると閑静な住宅街です。「こんなところに本当にあるだろうか…?」と不安になりつつスマホの地図を頼りに歩いて行くとありました。

中に入ると、さっそく角田太郎さんが出迎えてくださいます。営業時間前の午前中におうかがいしたため、店内はとても静か。レコードやカセットテープなどのアイテムが並ぶ心地よい空間が、ゆったりした気持ちにさせてくれます。

さっそく、店内の右奥のカウンターでお話をうかがいました。

今回私たちが主におうかがいしたかったのは、「waltz」を始めとするお店のオープンなどで、いまリバイバルしつつある「カセットテープの魅力」はもちろんのこと、角田さんご自身の「働き方」についての考え方。

そのことをお伝えすると、「じゃ、普段はあまり話さないことも話すようにしましょうか?」と気さくに言ってくれました。

なぜ会社から独立してお店を持とうと考えたのでしょう? 2度転職も経験されているそうですが、私(=河口)自身、昨年地元の会社を辞め上京、現在は仕事をしながら、インターンとしても修行中の身ですから、そのあたりのお話気になります。

角田さんは大学を卒業後、高校時代から通い憧れていたミュージックストア「WAVE」に就職。新しい音楽カルチャーの発信地としても親しまれた六本木店で勤務しましたが、4年働いた後、最初の転職を決意します。

その後、大阪に本社があったテレビゲーム関連の企業に4年勤務し、アマゾンジャパンが新聞に掲載していた求人広告を偶然見かけて転職。同社では14年間勤務しました。

ちなみに転職したのは前職に不満があったからではなく、それぞれの職場で楽しく、やりがいも感じつつ働いていたそうで、転職は会社の業績悪化などやむない事情があってとのこと。それにしても転職は不安ではなかったのでしょうか? そうたずねてみるとーー

「いま振り返ってひと言で言えるのはね、『最初に入った会社で人生は決まらない』ってことなんですよ。若いときにいろんな経験をして、くじけることとか挫折することっていいっぱいあると思うんですけど、全然気にする必要ないんじゃないかと。むしろ失敗が許されるときは失敗したほうがいいくらいですよ」(角田さん)


waltz店内

好きでやってる人にはだれも敵わない


3社目となるアマゾンジャパンでは、立ち上げ時からの様々なプロジェクトに携わるほか、日本で第1号となる「バーレイザー」という社員採用に関わるプログラムの担当もされていました。

「バーレイザー」とはamazon社独自の採用職で、「バーを上げる人」という役職名の通り、同社が迎え入れる人材の採用基準を高く保つ役割を果たすキーパーソンです。

バーレイザーとして、たくさんの求職志望の人たちと面談されてきた角田さんに、最近よく耳にする「何をしたらいいのかわからない」という思いを持つ人たちが多いということを伝えると(かく言う私もそのケがあるのですが)、こんな返答が。

「何をしたらいいのかわからない人は、そもそも自分が何を好きなのか? 興味があることが何なのか?がわからないんだと思います。たぶん、多くの人がそうなんだと思うんですけど…。でも、好きなものって急に見つかるわけもないし、結局その人がそれまでの人生『どう生きてきたか?』っていう話になっていくと思うんです」

それに続いて、心にぐさっと刺さるひと言が。

「でもね、世の中の多くの人がそういう人だとしたら、それはやはり(採用面接や組織内で)ピックされる人ではないかもしれませんね。人と同じってことですから。逆に好きなものがはっきりしていて、それを追求することに寝食を惜しまずやれる人っていうのはビジネスの世界では強いですよ。好きでやってる人にはだれも敵わないですから」(角田さん)

角田さんご自身はずっと一貫して「ものを売る」という仕事が大好きで、その情熱に関してはだれにも負けてない自負があったとか。

角田さんは1社目、2社目ともに音楽に関わる仕事をしていました。3社目のアマゾンではCD/DVD販売事業の立ち上げにタッチした後、本や日用品も担当されたそうですが、それまで音楽パッケージのセールスひと筋で来ただけに、当初はあまり気乗りしない仕事だったそうです。

しかし、躊躇しながらも引き受けた日用品販売の仕事が、やってみるとアマゾンで担当した仕事の中で一番面白かったといいます。

ここにしかないスペシャルな音楽体験をプレゼンしたくて


さて、そのように面白く仕事をされていた角田さんが、会社を辞めてまで「waltz」をオープンしようと思った理由は何だったのでしょう?

それは音楽を売ることと同時に、集めたり、聴くことも大好きだったということ。アマゾンでは管理職として多忙な日々を送りつつ、ライフワークとしてカセットやレコードなどアナログ音源のコレクションも続けていた角田さん。

趣味で集めたカセットテープはなんと1万本以上! ある日部屋を見渡したときに、世の中にレコード専門店はあるけれど、「カセットテープを販売する専門ショップはないのでは?」とふと気づきます。

それを形にすれば、「世界でだれもやっていないビジネスになるのでは?」と思い、やりたい気持ちを抑えられなくなっていきます。

「amazonではできないことがやりたい。世界でだれもやってない、自分にしかできないことがやりたいと思ったんです。"Something Special"をプレゼンテーションしたいという思いが徐々に募っていって」(角田さん)


レア感と風格さえ漂わせるカセットデッキたち(waltz店内)

ここでひとつ、ふと疑問に思ったことがあります。なぜ角田さんは、これまでの経験を活かしたECビジネスではなく、リアル店舗を設けての販売を選んだのでしょう?

「waltz」では現在、通販サービスを行っていません。SNSによるPRも行っていないとか。同業の方々はそれを聞いて驚くそうです。実際、これまでの仕事からEコマースのメリットは熟知している角田さん。様々なデジタルマーケティングのノウハウもご存知でしょう。しかしいまは、「実店舗の価値」をどこまで高められるか? に挑戦している最中とのこと。

「目で見て、触って、体験できて、買える」お店は、角田さんがアイデアやご自身の想いをプレゼンテーションするための「箱」と捉えているそうです。waltzでは「お店にあるすべての音楽、映像ソフトの試聴、試写が可能」。それらをゆっくりと楽しめるスペースもあります。

こうやって言葉で説明してしまうと「ああ、そうなの?」と言った印象かもしれませんが、「すべての音楽、映像ソフトの試聴、試写ができる」というのは、音楽販売のスタイルとして結構とんがった試みだと思います。

つまり、たいていのものならネットで音楽がサクッと聴けてしまう時代に、わざわざお店までやって来て、カセットテープなどのメディアを通して聴くことは、体験としてスペシャルにディープかつリッチです。そこまでの体験を求めるお客さんは、ものすごく多くはないかもしれませんが、音楽や視聴体験に強い関心を持つ方々でもあるのでは?

そして、そういったファンによる口コミの力はすさまじく、実際近頃では「カセットテープと言えばwaltz」といったイメージさえ生まれています。

角田さんは「いまの段階でECを始めて手が回らなくなり、サービスレベルが低下してお客様の信用を失うのは、一番やっちゃいけないこと」と語りつつ、ここでもキーワードになったのは、やはり「みんなと同じではダメ」というお話でした。

「インターネットを使ったビジネスはいつでもできます。でも、ECを始めたらもう後には引けない。そのこともよくわかっているんです。容易にそこに手を出して、みんなと同じになってはいけない。違う存在にならないと選ばれないんです。

多くの人が流行を追う中で、時代に逆行する勇気を持つ人は極めて少ない。逆行したからといって成功が保証されるわけではないけど、みんなとは違う方向に一人だけ行って、そこで成功できたとき初めて『スペシャルな存在』になれるんですよ。僕の発想の根底にはそういう考え方がありますね。

47才になってこんなに仕事が楽しめて幸せだと思いますよ。楽なことばっかじゃないですけどね。寝る間もなく働いても楽しい。僕はいま、新しいカルチャーを作っている自負があるんです。そんなことって、なかなかできないでしょ? だれもやってないことに関われるって。すごく運が良かったと思いますね」(角田さん)


角田さんのお話には「運」という言葉が何回か出てきました。「角田さんにとって『運』とはどういったものでしょう?」とストレートにおうかがいしたところ、「運は自分で意識して作るものなんですよ。どうやれば、それを作れるかわかりますか?」。

「うーん…」と頭を抱えてしまいました。「チャンスを逃さないことでしょうか…?」。ありきたりの回答しか出てきません!

カセットテープは現在進行形のカルチャーなんですよ


「僕が考える運の作り方がひとつあって、それは『人に運を与える』こと。損得は別として、人にどれだけ与えられるかで、運は必ず帰ってくると思うんです。

で、『人に運を与えられる存在になるにはどうしたらいいか?』って言うと、自分自身が常に明るく生きていくこと。難しく考える必要はなく、不安や心配を抱えて悶々としている人が、他人に運を与えられないですよね? これってすごくシンプルな話で、会う人、会う人に喜んでもらおうと思うことがすごく重要なんです」(角田さん)


実は私(=河口)も日頃から「徳を積む」ということを意識して生活しています(住職になりたいわけではないのですが)。とはいえ、私にできることなんて本当に小さなことで、「これでいいのかなあ?」と自信がなくなることもしばしば。

「小さいことの積み重ねでいいんですよ。そういうことを意識できるかどうかっていうのも、人との違いになってくるんです。それを意識するということの重要さを知れただけで、もうほかの人たちとは違う生き方ができる。あとはもうそれをコツコツ実践していくしかない。本当はだれにでもできることなんですが」(角田さん)

角田さん自身、アマゾンに勤めていたときも、会社にみんなより早く行って、会議の前に机を拭いたりしていたそうです。「だれでもできるけれど、だれもやっていないこと」を率先して実行することを大切にされてきたといいます。


気持ちよくレイアウトされた音楽カセットテープ(waltz店内)

改めて店内を見渡すと、たくさんのカセットテープが目に入り、音楽カセットのお話をうかがうことを忘れていたことに気づきます。POPには"NEW RELEASE"の文字が書かれてありました。

「カセットテープは現在進行形のカルチャーなんですよ」(角田さん)

カセットテープと聞くと、つい懐かしいものと思いがちですが、それは勘違いだったようです。机に並べられたカセットテープたち。そこはまるで小さな美術館のようにも思えます。

私は「waltz」にあるカセットテープの曲をほどんど知りません。その中から好きな曲を見つけるのは大変なことかもしれません。けれど、その探すという行動自体は時間はかかっても楽しいものなのでは? 「自分にピッタリの曲が見つかるか?」はそれこそ運もあるでしょう。

しかし、だれかにオススメの曲を教えてあげることで、思いがけないヒントを得て、それまで知らなかったジャンルの名アルバムや名曲を発見しやすくなるかもしれません。そのためにはまず「自分自身が心から好きなもの」、「だれにも負けない何か」を、自分の軸として持つ必要がありそうです。でないと、人に運を与えることは難しく、運を与えられることもないでしょう。

「仕事もそうやってやっていけばいいのかな?」とふと思いました。お話を聞いての帰り道、「みんなと同じじゃダメなんですよ!」という角田さんの声が頭の中でキュルキュルとリフレインしました。

★waltzオフィシャルサイト
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