“映画派女優” 小山田サユリ「仕事」を語るー自分を解放できる自由な現場は、厳しくも心地いいー

様々なジャンルで、世の中が面白くなるような仕事をしている方々が、その人の「仕事を語る」ロングインタビューシリーズ。今回のゲストは小山田サユリさんです。

様々な映画の現場でキャリアを積んだのち、留学のため渡米。その後アメリカに拠点を移して、コマーシャルでレディ・ガガと共演したり、今年話題になった映画「女が眠る時」(監督:ウェイン・ワン)に出演したりと、女優としての幅をさらに広げつつある小山田さん。

そんな小山田さんに「演じる」という仕事の面白さや厳しさ、映画界における日本とアメリカでの働き方の違いなど聞いてみました。

聞き手:河尻亨一(銀河ライター/仕事旅行社・キュレーター)

NYのアクタースクールはすべてが新鮮だった


——小山田さんは、いまはロサンゼルス住みだそうですね。

小山田サユリ氏(以下、小山田):少し前にロスに引っ越したんです。夫の仕事がニューヨークですから、たぶんこれからは行ったり来たりになりますね。

——そもそもなんでアメリカに行こうと思ったんでしょう? 今日はそのあたりのお話から。

小山田:文化庁の派遣制度(新進芸術家海外派遣制度)の研修員に受かってNYに行ったのがきっかけです。もう5~6年前なんですけど。

そういう制度があると教えてくれたのは長塚圭史くん(劇作家・演出家・俳優)なんです。彼自身「行ってみたい」ということで。ずいぶん前からそういう話を聞いていたんですけど、彼が私の前の年に受かったっていうのを聞いて、それで私も挑戦してみようかなって思いました。

この制度がいいのは、自分が希望する国や街を学べるんですよ。絵画の作家だったらフランスとか、シンフォニー系の演奏家だったらウィーンとか、行きたいところを選べるのが魅力です。

——理由があったんでしょうか。派遣先をNYにしたいというのは?

小山田:面接のときにも「映画をやっていて、なんでハリウッドじゃないんですか?」って聞かれたんですけどね。でも、私が考えていたのは、NYってかつてインディペンデントの映画が盛んだったじゃないですか? 80年代ならジム・ジャームッシュだったりとか。

ーーもう少し前ならジョン・カサヴェテスだったり。

小山田:あ、そうです。ジョン・カサヴェテスの映画もすごく大好きで、なんて言うんでしょう? 「ザ・ハリウッド」っていうのではなく、もっと芸術性の高い映画を作るのはNYかな? というイメージが私の中にはあって。

ーーアメリカ・インディペンデント映画の都はやっぱNYだと。行ってみてどうでしたか?

小山田:もう大変でしたね、特に最初の頃は。アクタースクールに入ったんですけど、勉強してきた英語と日常みんなが使う英語がかなり違いますから。それまでも海外に行く機会はあって慣れてるつもりだったんですけど、苦労しました。

セリフもほぼ丸暗記です。いついつまでにって期限もあるので、最初は意味っていうより音で覚えてあとから自分で訳す。毎日、寝れないくらいの作業をして、学校に通ってました。

悔しいんですよね、話せないと。みんなの前でパフォーマンスをするクラスがあって、もちろん私もそれなりに準備していくじゃないですか。それで「よし!」と思って授業に出たら、先生が私だけ外すんです、順番が来ても。

女性の先生だったんですけど、「なんで外すんですか?」って聞いたら、「あなた英語話せないでしょ?」って。「発音が悪くて何言ってるのかわからない」と。もうすっごい悔しくて、頭にきて、涙も出てきて。

ーーで、どうしたんですか?

小山田:そこにあったゴミ箱蹴飛ばして、校長先生のところに駆けこみました(笑)。「こっちは頑張ってやってるのに、そんなのおかしくないですか?」って言ったら、校長先生ビックリしちゃって。

で、慌てて話をしに行ってくれたんですね。そしたらその先生が来て、「わかった。じゃ、挨拶から始めましょう」って言うんです。「いや、挨拶はいつもしてます」って思いましたけど(笑)、でもそれで向こうがちょっと心を開いてくれたから、まあ、よかったと。

ーー聞くだに大変そう。でも、面白いこともあったのでは? 

小山田:面白かったけど、辛かった。私が通っていた学校は映画や演劇のことが幅広く学べるようになっていて、例えばシェークスピアのクラスがあったりするんです。で、通知表が出るんですけど、A~Fの評価でもちろんF。英語だけじゃなく、背景もわからないのでどうしようもなくて。

その反面、「インプロヴィゼーション」っていう即興劇の授業だったりすると、日本でキャリアもあって初心者ではないですから、そういう場合はAとかA+がついてましたね。そもそも最初、オーデョションのようなものがあって、クラスが振り分けられるんですけど、私なぜかAクラスで。

ーーそれで逆に苦労したところもあるのかも。渡米した段階で小山田さんはすでに10年くらい、役者さんとしてのキャリアがあったわけですけど、そういう人でもあえて違う環境に自分を投げこんでみる体験って貴重なのかもしれませんね。同じ仕事のことなのに「いままでのやり方が通用しない」といった経験は刺激になりそうです。

小山田:そうですね。日本にいたときは、ちゃんと演技の授業を受けたことなかったですから。わりと現場で学んでいくことが多いというか。その意味では、理論的な授業があったり、演技の分析を学ぶクラスもあったりで、すべてが新鮮でした。

結局、自分は自分で解放するしかない


ーーそもそも最初、演技をする人になろうと思ったのは何かきっかけが? やりたかったんですか。

小山田:いや、まったく思ってなくて。私は幼児教育の学校を出て、教員免許も取り、卒業後は実家に戻って幼稚園の先生をするっていう約束で両親に東京に出してもらったんですけど、卒業する直前にスカウトされたんです。

それもね、ありがちな話で。大学卒業の直前に、化粧品のキャンペーンのモデルに友だちが勝手に応募しちゃったんです。賞金をもらおうと思ったらしく。で、最終選考まで残って結局選ばれなかったんですけど、そこにいた事務所の方から声がかかりーーという流れです。

あと、単純に言うと田舎にすぐ戻るのが嫌でした。ほんと安易なんですけど、1~2年やって、ダメだったら実家に帰ればいいやくらいの考えで。

ーーそうやって演じることを仕事にし始めてどうでしたか。そもそも本人に是が非でもやりたい気持ちが薄いのに、いきなりモデルとか芝居なんてできるものなのか?

小山田:なぜでしょうね? なんでできたのかよくわからないですけど、ひとつひとつ現場で学びながら。それでやってきただけですね。

最初はCMの仕事が多くて、わけもわからずやってたんですけど、刺激的で面白いと思いました。15秒や30秒の短い映像に向かって、みんなでぎゅっとすごい集中力で作っていくじゃないですか。それはドラマや映画ともまた違うんですけど。

ーー事務所に所属すると仕事って自動的に来るものなんですか。「映画出ません?」みたいに。 

小山田:全然来ないですよ。映画の場合、基本はオーディションですよね。オーディションに行ってつかむ仕事ですから。

テレビのドラマもやったんですけど、性格的に苦手だったみたいで。それで「自分がこの先この仕事を続けていくんだったら、映画がいいな」って漠然と思ってました。

ーー映画の仕事はいつくらいから?

小山田:最初にヒロインの役をしたのは「オー・ド・ヴィ」っていう篠原哲雄監督の作品です(2002年)。それもオーディションでしたね。

岸谷五朗さんが主演の函館を舞台にした作品です。私は見習いのコックだったんですけど、セクシャルなシーンがあるんですよね。ヌードがあったりちょっとハードな内容だったんです。この現場で鍛えられました。

それからです、自分がすごい変わったなって思ったのは。映画をずっとやっていきたいなとも思いましたし。

ーーいくつもオーディションを受けてきたと思うんですけど、選ばれるためには、何が重要なんですかね。コツみたいなものはあるのかないのか。

小山田:なんでしょうね? そもそも私、オーディションが苦手で。日本でオーディションを受けていたときは、不思議なことに「これ絶対ダメだ。受からない」と思っていた作品のほうが意外と受かるんですよ。逆に「これ受かりそう」っていうものは、受かったためしがなくて。

ーー面接でもそういうのあるかもしれませんね。数をいっぱいやるうちに何かつかめるとか?

小山田:いや、数も人より全然少ないのではないかと思います。当時のマネージャーさんのおかげですよね。私がちょうど映画をやりたいと思っていた頃、映画の役者を育てたいという志を持っているマネージャーと出会えて、その人が脚本を選んでくれたんですよね。「この役をやるといい」っていうものだけを。

でも、私がやりたくないと思えば無理はさせないし、どうしてもやらせたいというものは話し合う。そうやって二人三脚で、色んなことを相談しながら決めてました。いまの小山田サユリを作ったのはあの人だってくらい、ほんと感謝してるんですけど。

ーーテレビドラマより映画という話もありましたが、小山田さんにとって映画の仕事はどういうところが面白いんですか。

小山田:現場によって全然違うところですね。作品の色も違うし、スタッフも違えば、監督の考え方も違う。でも、ひとつの作品をじっくり作っていく部分は同じで、それが居心地良かったんですよ。

ーー「居心地の良さを感じられるかどうか?」はどんな職場でも大事だと思います。でも、撮影ってハードでしょう?

小山田:私だけなのかもしれないけど、自分が一生懸命集中してやってるときって、辛いとか思ったことないんです。むしろ終わってから「寝れなかった」とか「辛かった」なんて思いますけど、現場ではまったく感じないんですよね。

ーー共演者はある種”同僚”みたいなものかもしれないんですが、そこのつながりみたいなものは?

小山田:あまりね、私、役者の友だちがいないんですよ(笑)。演技論とかかわしたり、熱く語ったりっていうのもまったくなく、むしろ苦手で。演技って人それぞれだから、そういうのはちょっと違うんじゃないかな? って思ってるんです。

みんな個性があるし、こうじゃないといけないってないですから。もちろん理論的な部分はしっかりベースがありますし、現場でいろんな制約もあるけど、でも、やっぱり内側のものって自由なんですよ。

だから結局は自分で解放するしかない。映画は「自由にやっていいんだな」って思えるんです。それは、心地いいです。

できないことに対しては、すっごく燃えます


ーー愚問と思いつつうかがってみると、仕事中のとき、つまり小山田さんにとっては演じているときは、どういうことを考えてるんですか? 自分をどう解放しているのか。

小山田:うーん、何も考えてない(笑)。

ーーじゃあ質問を変えると、なんで芝居のときには感情なりからだなりを自由に動かすことができるのか。

小山田:それは、才能です。たぶん(笑)そして、「慣れ」と「訓練」。私の演技を好きと言ってくれる人もいれば、大嫌いと思う人もいると思うんです。それは好きずきだと思いたいし、演技はそこにいるときの「あり方」みたいなものだと思うので。

だから私、人と比較もしないんですよね。そう思うようになったのは、「人は人、あなたはあなた」という母の教えもあって、他人と自分を比べたり人をうらやましがるということが、そもそもあまりなくて。ただ、自分ができないことに対しては、すっごく燃えます。

ーーすっごく燃えた結果、「最終的にここに行きたい!」みたいなものってあるんでしょうか。目標とでもいうのか。

小山田:それもないんですよ。いま、そこにあるものを一生懸命やるっていうそれだけで。よく「尊敬する女優さんは?」なんて聞かれることはあるんですけど、本当になくて。もちろん好きな女優の方はいっぱいいるけど、目標にしている人っていうのはいないし……インタビューする人は困りますよね?(笑)

ーーいや、むしろそういう人のほうが興味深いんじゃないでしょうか。自然体というか天然体というか(笑)。で、今日はテレビタイプではなく、映画タイプのインタビューですから全然OKで。話を少し戻すと、ニューヨークで映画の学校行った後、向こうで仕事をしようと思ったのはなぜ? 学校では結構大変な思いもしたということだったんですけど。

小山田:一度帰ってきて仕事復帰をしたんですけど、やっぱりニューヨークで生活して、映画関係含めたいろんな人に出会えて、せっかく向こうに行って勉強していろんなこと発見したのにもったいないなと思ったんです。日本だけでやっていくのは。

アメリカの映画というか、エンタテインメント業界のシステムはかなり違うんですよね。何から何まで全部自分でやるからタフになれる。そういうやり方を知ったので、日本に帰ってきて、物足りないっていうのも感じていたかも。それで、仕事が終わるたびに行ったり来たりするようになりました。

ーー具体的にはどのあたりが違うんですか。

小山田:まずエージェントはいるんですけど、マネジメント的なことは一切しないです。もちろん、現場への送り迎えなんてものもなくて。自分一人で現場に行って、契約も自分の名前でする。事務所が守るっていうこともなく、自分が会社の経営者みたいな感じっていうのか。

大変ですけど、私にはそのやり方が合ってるみたいで。海外で活動するのは運命だったんだって思うようになりました。なるべく自分でやりたがりなんですかね?(笑)

あと、日本だと色んなしがらみで物事が決まったりもするんですけど、アメリカの場合、オーディションがすべてで、どんなトップレベルの役者もまずオーディションを受けます。公平に実力を評価してくれるなって思うんですよね。年齢に関してもすごくそう思って、日本の場合、まず年を聞かれるじゃないですか?

ーー不思議な慣習ですね。人ではなく年齢に価値があると思ってるというか。

小山田:でも向こうにいるとだれもそんなこと聞かない。必要ないんですよね。オーディションに行ってその役に合えば、自分の実年齢がいくつだろうが役をもらえるわけだし、合わなければ仕事にならない。だからすごく平等だなって思います。そのほうが役の幅を広げられますし、いくつになっても学ぶことができる。それはすごく居心地がいいですよ。

——「居心地がいい」っていうのが、小山田さんが仕事に集中するためのキーワードなのかもしれませんね。レディ・ガガと共演した資生堂のCMや映画「女が眠る時」も向こうでオーディションですか?

小山田:資生堂のCMはニューヨークでした。「女が眠る時」はこういうシーンをビデオに撮って送ってくださいっていうものだったので、それを自分でイメージして撮ってニューヨークから日本に送りました。それを監督のウェイン(・ワン)が気に入ってくれて、ロスで会いたいってことで会ったんですけど、次の日に「日本に帰って来てくれ」と。

——今年公開された「女が眠る時」のお話も。海辺のリゾートホテルに佐原(ビートたけし)と美樹(忽那汐里)という親子ほど年が離れていそうな謎のカップルがいて、スランプに陥っている小説家、健二(西島秀俊)がその二人に関心を持つところから物語は始まりーーといったサスペンスな映画ですが、小山田さんは編集者で小説家の妻という役どころです。

小山田:ウェインの色が出ている作品になりましたね。すごく不思議な現場でした。流動的というのか、脚本も変わっていきましたし、ストーリーの順番通りに撮るわけでもないので、私は綾という人物を、どうつなげるかっていうことに迷いもありました。私だけでなく皆さんちょっと「?」っていう感じのまま時間が過ぎていって。

あとでウェインに聞いたら、「僕もわからなかった」って言ってました。「すごい悩んだよ」って言うので、あ、ウェインでも悩むんだって思ったんですけど。

ーーうーん、そうやって色んな仕事にチャレンジできて充実の毎日でしょうね?

小山田:「もうやめたい」って思うときもありますけどね。

ーーそうなんですか。例えばどういうとき?

小山田:いま(笑)。

——いま? それはまた唐突ですね(笑)。

小山田 : いっぱいあります、そういうとき。いままでもそうだったんですけど。でも続けてる。不思議ですよね…どんな仕事でもそういう気持ちになることってあると思うんですけど。

ただひとつだけ私がいつも念頭に置いているのは「どんな仕事やプロジェクトでも受けたからには最後まで責任を持ってやり遂げる」。あとは、この仕事が続けられているのはただラッキーなだけなんだと思ってます(笑)。

ーー自由にはやはり責任が伴うということかもしれませんね。ところで、さっき「自分が社長のようなもの」ともおっしゃってましたが、会社「小山田サユリ」の戦略は?(笑)

小山田:戦略と言えるようなものはないんですけど、大事だなと思うのは集中力と訓練。すべての仕事でそうだと思いますが、トレーニングはとても大切です。アメリカの俳優はトレーナーをつけることが多いんですけど、私も最近、ある大学の先生にコーチをお願いしたんです。

ーー専門家による客観的なアドバイスは良い道標になりそうです。

小山田:そうですね。その上で「自分の道をどれだけ信じて進めるか?」だと思います。

Profile

小山田サユリ(おやまだ・さゆり)
映画、CMを中心にこれまで30本以上の映画に出演。2010年から1年間、文化庁新進芸術家海外派遣制度にて、ニューヨークに滞在。主演作 『オー・ド・ヴィ』『セブンスアニバーサリー』『ミラクルバナナ』など。ほか出演作に『アカルイミライ』『好きだ、』『伝染歌』『鍵泥棒のメソッド』『女が眠る時』などがある。アメリカではIBM、Keurig、Audible、Apple Watch、レディ・ガガと共演したSHISEIDOほかのCMにも出演、映画『女が眠る時』(ウェイン・ワン監督)は2016年 第66回ベルリン国際映画祭に出品された。現在、ニューヨークを拠点に世界的な活動を行っている。

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Interviewer

河尻亨一(かわじり・こういち)
銀河ライター/東北芸工大客員教授。雑誌「広告批評」在籍中に、多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰し、取材・執筆からイベントのファシリテーション、企業コンテンツの企画制作なども。仕事旅行社ではキュレーターを務める。

あの人が語る仕事論:2016年12月17日

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