計算機文化学者でメディアアーティストの落合陽一さん(筑波大学助教授ほか)へのインタビュー後編です。
前編→
AIの時代にギリギリ自分らしく生きるために必要なこと
中編→
勉強より研究を。オタクではなく変態であれ
気鋭の若手アーティスト・研究者として様々なメディアから引っ張りだこの落合さん。前回(中編)から落合さん自身のワークスタイルについてのお話もうかがっていますが、“現代の魔法使い”はどうやって仕事のモチベーションを上げているのでしょう?
聞き手:河尻亨一(銀河ライター/東北芸工大客員教授/仕事旅行社キュレーター)
撮影:内田靖之(仕事旅行社・旅づくりニスト)※落合氏の指導風景はデジタルネイチャー研究室提供
ノってないときにいかに貯めておくか?
ーーモチベーションアップの話の続きを。落合さんご自身は、報酬系をどうデザインしてるんですか。何をご褒美としてやる気をキープしているのか。
落合 :僕の場合はね、あれなんですよ。すげえ淡々と毎日を生きてる(笑)。もちろん褒められるとうれしいですよ。賞もらうとうれしいし、論文が出るとうれしい。実は論文を書き終わったときのほうが賞もらえるより楽しいんですよね。
でも、論文を書いたとして「あー、終わった。じゃあ次行こう」みたいに淡々と仕事してます。一昨年くらいまでは、まだ博士にいましたから、研究論文出したら打ち上げとか飲み会を仲間としてたんですよ、その後すぐに。でも、教員になって自分が学生を20名とか抱える身になってみると、直後の打ち上げとかしないんですよね。学生との打ち上げはたまにあるけど、自分はすぐ次の仕事みたいな状態になっちゃって。
ーーそれはあれじゃないですか? ノってるんでしょう。インタビューなんかもいっぱい受けてらっしゃいますけど勢いがある。
落合:そうなんですかね…? まあ、スケジュールもテトリスのように埋まっていくからなあ。しかも遠隔操作的に(笑)。でも、なんかね、ひたすら次の仕事がしたいんですよね。博士のときは自由で、そっちのほうがやりたい仕事ができるわけですから、いまのほうがフラストレーション溜まりそうなもんなんですけど、そういう感じでもなくて。
ーーよっぽど研究が好きというか、仕事してないと気持ち悪いくらいなのかも。それは本にも書かれていたような「ワーク・ライフ・バランス」への違和感みたいなものともつながってきそうです。
落合:「ワーク・ライフ・バランス」というのも20世紀的ですよね。価値観は人それぞれとはいえ、「好きなこと」「やりたいこと」を仕事にしていないからバランスが必要という話になるわけで、やりたいこと、解決したいことがある人は1日24時間、365日それに費やしたいわけです。
とはいえ、「ノってる」「ノってない」っていうのはやっぱりあって、僕の場合、1年おきくらいで波がある。去年はノってなかったんです。でも、一昨年はノってた。ここで大事なのは、ノってないときにいかに貯めとくかなんですよ。
学生を指導する落合氏(デジタルネイチャー研究室提供)
一回デカい船に乗るとサーフできなくはなるんだが…
ーー貯めるっていうのは、どうやるんですか。
落合:作業を増やすんです。潜ってとにかくいっぱい作る。そうやって貯めとくんです。準備はノってないときにしたほうがいいんで。
ーー「ノる」「ノらない」があるのはサーフィンみたいですね。で、さっきおっしゃってたように、うまくノリをつかまえるためには、やっぱり仕事量や思考量が重要なんでしょう。
落合:いまの時代、みんなサーフィンしてるんだと思いますけどね。それ、すげえ重要なんだけどな。これからの時代はすごい人がずっとすごいわけじゃなくて、時代の波を全員が体感するようになってきてますから、「今年はノれてんなー」とか逆に「いまノれてねえから準備しなきゃなー」といったことをつかむ力が大事だと思う。でも、一回デカい船に乗っちゃうとサーフできなくなるからね。
ーーやっぱり組織は小さいほうが動きやすい?
落合:そうですね。ただ、それも一概には言えない話で。サーフィンすると体力なくなりますから。その意味では、やっぱり休める船みたいなものには属したほうがいいのかな? とか。でも、やりたいことをやるなら、やっぱり身軽さがあるほうがいいと思いますよ。
ーーネットはその身軽さをサポートしてくれますね。
落合:面白いもので、インターネットには「ポケモンGOをやることで、時給1000円くらいもらえるような仕組みをどうデザインするか?」ってことを考えている人たちが実はいて、そういう人たちこそクリエイティブ・クラスだと思うんですけど、本来そういうことをやっていくべきなんだと思うんです。実際Uberって、ポケストップを回っているのとあまり変わりないところあるじゃないですか?
ーーある種のゲーム性と身体的な気持ちよさがデザインされてる。
落合:悪い言葉で言えばギャンブルなんですけど、脳の報酬系を巧みにくすぐる仕組みになってますよね。ゲームっていうのは、極めてギャンブル的に楽しくなっちゃうのでずっとそればかりやっててもオッケーで、それを使って人間がお金を稼ぐ仕組みや働く仕組みをどうデザインするかは、たぶん今後の課題なんじゃないかと。
でも、そうなっていくのは意外と早いと思いますよ。コンビニももっとよく働けるようになると思う。インカムをつければ何語で話されても翻訳されて聞こえるようになりますから。想像以上に早くそういう時代が来るでしょう。で、そんなふうになっていって、「それでいいのか?」って言ったら、たぶんいいんだと思う。戻んないと思います、もう、昔には。「前って不当に残業とかしてたよね?」って感じになりますよ。
落合陽一氏
テクノロジーの刹那の美に惹かれている
ーーただ、コンピューティングで起こっていることに社会がついていけないという可能性もあるのでは? 例えばそうなったとき、給料が下がるわりに労働時間は長いまま、ということも予測されて。
落合:いま以上にデフレになってしまうということは大いにありえますよね。流動性の低い経済においてイノベーティブな破壊が起こるとそうなるんですけど、日本はしぶとそうですね。なかなか変わらない。でも、そういう身の施し方ってあんまりよくない気がして。意固地な戦い方をしたところでだれも得しないと思うんですけど。
ーーしかし考えてみるとエジソンの時代から、映画を見てラジオを聴いて、次はテレビの前に映し出されるものを見て、ゆっくりとメディア革命は進んでは来たわけだけど、それが急にインターネットってことになった戸惑いもデカいかも。
落合:その話で面白いのが、ナム・ジュン・パイクというメディアアート作家が1970年代にインターネットを予見するような発言をしていて、「Electronic Super Highway」って呼んだんです。「ハイウェイ」なんですよ、発想が。
つまり、物質と情報の輸送の区別がついてない。インターネットを郵便のようなものとして捉えているというか。いま我々は物質と情報は違うということを全員が直観的に理解してますけど、たかだか40年前にはそうでもなかったんですよ。それくらい急激に「物流の時代」から「情報の時代」への変化が生じています。
だけどナム・ジュン・パイクはいま見直されるべき仕事をたくさんしていて、そのうちまたブームになると思うんですけど、彼が1994年に発表した「Internet Dream」って作品なんて、グーグルの「Deep Dream」に見た目がそっくり。20年経って「ああ、そういうことだったのか!」みたいなことがわかるというか。
ーーアーティストは先を見てるんでしょうね。落合さんの本でも紹介されてましたが、アンディ・ウォーホルが「15分だけだれでも有名人になれる時代が来る」と言ったときに、それがどういうことなのかだれも想像できなかった。つまりPPAPが再生ランキング世界一なんて起こりえなくて。
ポップアートとか言っても、「こんなオリジナリティのないものがなんで芸術なの?」みたいなリアクションが大半だったわけです。そう考えると、いまならAIでアートしようとしている人たちがやっぱり面白い。
落合:ある人の1日の半分の業務メールが実は彼のAIがやっていた、なんてことも今後大いにあり得ると思いますよ。最近アップルのカレンダーほんとに優秀で、どんどん予定をつっこまれるようになりましたよね。海外だともっと細かく予定調整してくれるボットのサービスまで出てきていて、それっていままで秘書を雇えなかった人に秘書がつくってことなんですよ。
色んなことがそうなってくると、いままでなら特別な人にならないとたどり着けなかったところ、小学生から秘書さんがついているような身分に人類全員が行けるようになってくるので、そうなるとやっぱり楽しいですよ。
ーー『これからの世界をつくる仲間たちへ』は希望に寄せて書くのが難しかったというお話でしたけど、その意味では明るいわけですね?
落合:そうですね。でも、人類全員がそうなったとしたら、それは全員がUberの運転手に極めて近いですよ。インターネットの見えない声によって動かされているという意味では。
ーーとなると、これはやっぱり神様的な発明なんですかね?
落合:インターネットですか? 間違いなくそうだと思います。だって人間は人間を超える知能をいままで発明したことはなかったけれど、それを生み出してしまったわけですから。
ただ、僕自身はそんな大それたことを考えているわけではなく、テクノロジーの刹那的な美に惹かれているんだと思います。いま新しく見えている技術も10年たったらふつうのことになっているはずなんだけど、いま、この瞬間にしか味わえない良さっていうものがあるんです。その瞬間の輝きを追いかけ続けたとして、最終的には何も残らないかもしれないけれど、その瞬間の見え方は綺麗ですよね?
例えばいまナム・ジュン・パイクの作品を見て、テクノロジーからの驚きは何もないんです。でも、彼の人間性はわかって、作家性が極めて強い人だなあという感じがする。
ーー時代の中で消費されなかったギリギリのその人らしさみたいなものは、技術が進んでも残るものなのかも。それこそ魔法ですね。
落合:だけど、それもナム・ジュン・パイクが脱皮し続けたからこそできたわけで。やっぱり脱皮が重要です。話し方とかもコロコロ変わっていいんですよ。アンディ・ウォーホルにせよ、ノーム・チョムスキーにせよ、だいたい時代を引っ張る人は時代に合わせて話し方も変わる。これからはそっちのほうが重要。そうやって3年に1回くらい脱皮してれば、人類それでいいんです。
昔はひとつのステレオタイプをずっと守っていくみたいな、伝記みたいな生き方が重要だったんだけど、もはや特定のロールモデルを目指していると、逆にどこに行くか迷う時代になっている。だけど、どこに行ってもいいんですよ、いまって。『置かれた場所で咲きなさい』みたいな本がベストセラーになるのも、そういうことじゃないかと思います。
インタビュー中の風景
Profile
落合陽一(おちあい・よういち)
メディアアーティスト/筑波大学助教、デジタルネイチャー研究室主宰。経産省よりIPA認定スーパークリエータ、総務省より異能vationに選ばれた。応用物理、計算機科学、アートコンテクストを融合させた作品制作・研究に従事している。BBC、CNN、Discovery、TEDxTokyoなどメディア出演多数。国内外の論文賞やアートコンペ、デザイン賞など受賞歴多数。
Interviewer
河尻亨一(かわじり・こういち)
銀河ライター/東北芸工大客員教授。雑誌「広告批評」在籍中に、多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰し、取材・執筆からイベントのファシリテーション、企業コンテンツの企画制作なども。仕事旅行社ではキュレーターを務める。
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