“魔法使い”落合陽一「仕事」を語る(前編)ーAIの時代にギリギリ自分らしく生きるために必要なことー

仕事旅行社がお届けする特別インタビュー連載。お二人目のゲストは、計算機文化学者でメディアアーティストの落合陽一さん(筑波大学助教授ほか)。

「やがてAIが人間から仕事を奪う?」「いやいや、業務がもっと効率的になるのでは?」といった議論が巷ではいよいよ盛んですが、デジタル表現の最前線で仕事をするクリエイターは、これからの働き方がどうなっていくと考えているのか。 

『魔法の世紀』『これからの世界をつくる仲間たちへ』といった著作があり、“現代の魔法使い”の異名を持つ落合さんに聞いてみました。

聞き手:河尻亨一(銀河ライター/東北芸工大客員教授/仕事旅行社キュレーター)
撮影:内田靖之(仕事旅行社・旅づくりニスト)

「自由な意志」なんてないほうが人間は幸せになれる?


ーーこの本を読ませていただいたんですが(『これからの世界をつくる仲間たちへ』)。

落合陽一氏(以下、落合):あー、「これセカ」ですね。

ーー「これセカ」(笑)。面白く読みました。働き方にも関わってくることが書かれていますね。

落合:まあ、去年出した『魔法の世紀』って本のほうが僕は好きなんですけど。こっちはですね、小学館サイドの要望もあり、「人間にもうちょっと希望を与える書き方をしてほしい」と言われまして(笑)。僕としてはそこは苦労しました。

ーー希望がある感じに書くのが難しい?

落合:うーん、荒くなっちゃった気がしますね。あまり自由意志がない世界のほうが、たぶん人間は幸せに生きられるっていうのが僕の持論なんですけど、その中でも人がギリギリ自由意志を選択できるようにするにはどうしたらいいのか? みたいなところに持って行こうとしたんですよね。

ーー「AIで仕事がなくなる」といったことも言われる中で、「人間らしさ」あるいは「自分らしさ」ってなんなんだろう? なんて漠然と不安に感じてる人も多いと思うんですが、やはり自分の意志で幸福に働くことは難しくなっていくんでしょうか。落合さんが考える近未来の働き方とは?

落合:本の中にも出てきますが、僕のおすすめの生き方は、例えばUberの運転手。Uberの運転手の人ってすごい楽しそうですよね? 「なんであんなに楽しそうなのかな?」ってことを考えてて気づいたのが、Uberの運転手は「自由意志」や「責任」という概念から遠いところで働いているからなんじゃないか? と。

いままで人間というのは「自由意思」と「責任」によって仕事に就くのがふつうで、それを日々求められるわけですよね。例えばイエローキャブの運転手をしていた場合、客を乗せることやお金を稼ぐことに責任を持たないといけなかったわけです。

だけどUberの場合、客を乗せるということがアプリ上で完結しています。かつ、街中を走っているときに、だれかに呼び止められるなんてこともなく、それでいて”配達ゲーム”が終わったらお金が実際に振り込まれている。

ーー確かにお客の”配達ゲーム”を楽しむように働いているのかもしれない。何時から何時まで働いてもいいわけですし、相手の目的地などもあらかじめわかってて、「あそこの駅前で待ってたらお客さん来るかな?」なんて自分の頭で考えなくてもいい。言い方によってはそれって機械の奴隷的なのかもしれないけれど、時代に最適化された働き方とも言える。

落合:機械との関係性において、ストレスが減るようになってるんです。かと言って「機械にやらされている感があるか?」って言ったら、そんな感じでもないと思うんですよね。

ーー走るのが楽しいんでしょう。このあいだフランスで使ったら、なんだかすごい高級車でやって来たかと思うと、走ってる最中もずっとうれしそうで、「ああ、この人、クルマ大好きなんだな」と思いました。

落合:ふつうにテスラ乗って迎えに来たりしますからね。

ーーそう考えていくと、さっきおっしゃった「ギリギリの自由意志」というのはUber型の働き方に存在するのかも。Airbnbなんかもそういうとこありませんか?

落合:かもしれませんね。エアビーの人もすごく楽しそうじゃないですか。知り合いにエアビーで5軒くらい貸しながら、自分もエアビー使って世界中旅している人がいるんですけど毎日楽しそうですから。それで特に生活には困ってない人って結構いて。

つまり、いままでならシステムが担保できなかった個人の責任みたいなものまでシステムが綺麗に担保し始めると、「労働」というのはベーシックインカムみたいなものにならざるをえないと思うんです。働くことで自己実現する意味があまりなくなってくるというか。

僕らはコンピューターにできないことをやるための装置として社会に雇用されている


ーーということは、Uberの運転手はもはや”働いて”ないとも言えますね。これまでの感覚では。それを「21世紀的な働き方」と仮に呼んだとして、そのことに早く気づけば希望もあるんでしょうか? あるいは個人の自由なんて関係ない「中世のような働き方」に戻るってことなのか? それは「魔法」よりもっと盲信的な「魔術」の世界なんですけど。

落合:うーん、そっちなんですかね? 結局のところ、人間って行動指針を立てられたり、詰将棋みたいにシステムを動かすことができる人が重宝されるんですけど、コンピューターの場合、指針よりも大きい枠組みでものを考えます。コンピューターが人間を制御するようになると、社会はアルゴリズミックに動くようになっていく。それがこれからの世界というものだと思うんです。

でも、中世はまだ人間に理解可能な形で伝える必要があったんですよ。その差は本質的に大きいかなと。

例えば、アルファ碁をプロ囲碁棋士に勝たせたアルゴリズムに関しても、ネイチャーの論文で人間に理解できる形で書いてありますけど、かと言って実際アルファ碁の中で何が起こっているのか? 僕らはまだ理解できないんですよね。どういうことが中で起こっているかはわかるけど、それが実際に何なのか? なんでそれで問題が解けるのか? すべてを紐解くほど人間には時間がない。

つまり、いままでなら「未来はどうなるんだ?」ってことを予測し、言葉で他人に伝えることができた人たちが人間社会では勝ってきたわけですが、コンピューターが示すものはアルゴリズムの結果ですから、人間には中途過程が理解不能なわけです。

となると、人間の頭では理解できないことで生じる問題が今後どんどん増えて行く。そういった状況が面白いと思って書いたのが『魔法の世紀』なんです。「まるで魔法ですね、それ」っていう。で、世界がそうなっていく中で「じゃあ、僕たちは一体どうしたらいいんだ?」ってお題をもらって次に書いたのが「これセカ」ですね。

ただ、「どうしたらいいんだ?」のほうはなかなか難しい。本を読むことで知識や考え方を身につけようとする人たちって、全体的に「人間に固有な何か」を求めてこの状況に抗おうとしていると思うんです。でも「人間に固有な何か」なんてたぶんほとんどないんですよ。


落合陽一氏の著作

ーーそういう未来が来たとき、それでも最後に残る究極の「人間らしさ」ってなんなんですかね?

落合:人間はロボットより身体的な性能に勝る、最終的にその1点だと思います。「転んでもすぐ立てるし、傷を負っても治るし」みたいなところが一番人間らしいなあって。それくらいでしょうね。

そもそもコンピューターにはカラダがないですから。ロボットはありますけど、ロボットが人間よりうまく動くか? と言えば、力は強くても機敏に動けなかったり、音がうるさかったりすることも多いですから。

別に生物って、脳味噌を進化させるために46億年生きてきたわけではないんですよね。人間もどっちかと言うと、この強靭なカラダで物を作り替えるマニピレーションのほうに向いてて、「頭で計算するってことは、人類にとってさほど重要なファクターではなかったのか?」なんてよく思います。

ーー計算は到底コンピューターにかなわないとすると、クリエイティビティ(創造性)についてはどうでしょう? 本の中に「クリエイティブ・クラス」の話も出てきてましたね。「創造的専門性を持った知的労働者」には可能性があると。考えてみるとクリエイティブというのはいつの時代もある種”魔法”のようなもので、魔法使いになることで「人間性」が担保できるのかな? と思いつつ読んでいたのですが。

落合:まあまあ目指したほうがいいと思います。でも、クリエイティブ・クラスを目指すのはなかなかリスクも高いし疲れますから、そこを目指さないというのもひとつの手です。

ーー落合さんご自身は「クリエイティブ・クラス」だと思っていますか。

落合:どうなんでしょうね? 最近自分、結構コンピューターの指示で動いてるなと思いますよ(笑)。コンピューター研究者の一番大きいテーマは、「時代は何によって決定されるか?」ってことだと思うんですけど、すでに人間じゃなくコンピューターによって決定されているんですよね。

で、僕らはコンピューターにできないことを替わりにやるための装置として社会に雇用されているわけで、いまは「コンピューターが次はこういうことをやりたがってる」といったことが読める人が重宝されているような気がします。

ーーこのあいだの謎のポンド急落も「アルゴリズムが引き金か?」と言われたりしてますが、落合さんが言うように、世の中、人間の意志が介在することもなくコンピューターが動かし始めているのかも。こうなってくるとテクノロジーへの理解と同時にそこへの感性も重要なのでは?

落合:時代って「テクノロジー」と「人間の持ってる感覚的なもの」のふたつが相まって動いていくものだと思うんですけど、いまならテクノロジーのほうにこなれることがすごく重要ですね。

ただ、そうなってきたとき個人に何が求められるかと言うと、ごく当たり前のことながら量が必要だと思うんです。例えば芥川賞や直木賞の審査を長くやってる作家は、冒頭の2~3ページ読んだだけで、その小説の良し悪しがすぐわかるって言いますよね。つまり、人間の頭もディープラーニングみたいなものですから、データセットが多ければ多いほどよく働くんですよ。

最近、僕、ウェブコマーシャルや広告の審査もやらせてもらってるんですけど、たくさん見るうちに最初の3秒くらいで「ああ、なんかこれいいな」とか「きっとイマイチだろうなこれ」とかわかるなってきたんです。それはディープラーニングに近いと思っていて、そういったデータを個人が仕事にどう取り入れていくのかは極めて重要な課題ではあると思います。

「守り続ける」ではなく「考え続ける」ことが大事


ーーよくわかります、その感覚。私は以前、広告の専門誌にいたんですが、毎月新しいCMを200本とか300本とか見ていて、何年もやるうちに、冒頭カットを見た瞬間、その後の展開までなんとなくわかるようになった。いっぱい見るうちに何かが入っちゃうんですよね、頭というよりカラダに。その感覚って言語化できるものじゃないんですけど。

で、いまの話との絡みで思いだしたのが、本の中に出てくる「思考体力」というキーワード。ここが面白くてメモってきたんですが、「僕が思うに『思考体力』のある人間は常にマジです」っていうフレーズが出てきますね。仕事でも考える量の多さが最終的にモノを言うんじゃないかと。


落合:思考し続けることは重要です。20世紀型の世界って、「一度勉強したことをどう守り続けられる?」が勝負だったんですよ。わかりやすい例で言うと資格。弁護士とか医者、もうちょっと特権的なところで国会議員とか。

そういう仕事って過去にストックされた思考や知的価値を守ることに重きを置くもので、必ずしもマジに考え続けなくてもできるんです。つまり「思考体力」のあるなしはあまり問われない職業で。

でも、いまはテクノロジーの進歩速度が速すぎますから、思考し続けないとストックがストックとして機能しない。高い専門性のあるストックは役に立つんですが、そのストックが時代と合わさったときに「どう変化し続けるか?」ということをいつも考えてないといけなくて。僕自身は常に考えごとしてますからそれほど疲れないんですけど、人によっては疲れますよね。


落合陽一氏

ーー「テクノロジーの進歩が異様に速い」という話はよく聞きますが、落合さんの領域で言うとどれくらいの速さなんですか? 

落合:いや、すごいもんですよ。このあいだ平均年齢15歳くらいの子たちに機械学習を教えるワークショップをやったんですね。1日8時間ずつ3日間。1日目がハードウェア、2日目がソフトウェアと電子プログラム、3日目に機械学習でポーズを認識できるようなプログラムを書いていくというカリキュラムなんですけど、ワークショップが進むにつれ、中学生くらいの子が「ニューラルネットより今回はサンプル数が少ないから決定木だよね」なんてふつうに言ってる。それ、すごくいいなあと思って(笑)。

そうなるのはその子たちが優秀っていうのもあるけど、さらに優秀なのはインターネットなんです。ようするに、子供がそれを学べる程度にインターネットのコードの説明やプログラムの書き方が丁寧で、脱落しにくいインターフェイスになっているわけです。実際、約20名の参加者中、だれ一人脱落しませんでしたから。

で、そのワークショップでやった内容というのは、2012年くらいだったら、25歳くらいの大学院生が修士論文に書いていたようなことなんですね。18歳で大学に入って6~7年間勉強した人がたどり着けるそこそこのストックになっていたわけなんです。つい4年くらい前までなら。でもいまは、15歳の子が3日間で片手間にできるようなことになってしまっている。

もちろん、それでその人が持っているストックが無価値になったわけではないのですが、学んだことからもう一歩先に進まないと、その人の体験知識はいまの時代にそぐわないものになってしまう。こういうことが永遠に繰り返されていくわけですよ。となると、学んだことを常に考えて変化し続けないと、ストックをメンテできなくなっちゃうんですよね。

そうやってあらゆるものが、限りなくレッドオーシャンに近づいていく。それはインターネットのおかげだと思うと同時にインターネットのせいでもあって、いいことでもあり悪いことでもある。消費者から見れば潤沢な世界です。だけど生産者から見れば競合だらけの世界なので、結局どっちがいいかはわからないですよね。

中編はコチラ→“魔法使い”落合陽一「仕事」を語る(中編)ー勉強より研究を。オタクではなく変態であれー
後編はコチラ→“魔法使い”落合陽一「仕事」を語る(後編)ーロールモデルなき魔法の世紀を淡々とサーフィンするー

Profile

落合陽一(おちあい・よういち)
メディアアーティスト/博士(学際情報学)。東大院修了後、筑波大学助教、デジタルネイチャー研究室主宰。経産省よりIPA認定スーパークリエータ、総務省より異能vationに選ばれた。応用物理、計算機科学、アートコンテクストを融合させた作品制作・研究に従事。BBC、CNN、Discoveryなどメディア出演多数。国内外の論文賞やアート、デザイン賞など受賞歴多数。

Interviewer

河尻亨一(かわじり・こういち)
銀河ライター/東北芸工大客員教授。雑誌「広告批評」在籍中に、多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。現在は実験型の編集レーベル「銀河ライター」を主宰し、取材・執筆からイベントのファシリテーション、企業コンテンツの企画制作なども。仕事旅行社ではキュレーターを務める。
あの人が語る仕事論:2016年10月12日

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