2022年09月28日更新

【偏愛仕事人インタビュー】#1 宇宙工学研究者・久保勇貴さん「ものが動いたり変形したりすることが、単純にかっこいい。」

連載 偏愛仕事人
誰もがどんな職業をも目指せる時代。選択肢が多いのは良いことだけど、選択肢がありすぎて逆に道に迷ってしまうということがある。そんな時代の中で、自分の「好き」という気持ちをまっすぐに信じて仕事に結びつけている人たちは、なんだかとても楽しそうに生きている。そんな「偏愛仕事人」たちの仕事観に迫るインタビュー。



はやぶさ2やOKEANOSをはじめ、JAXAでさまざまな宇宙開発プロジェクトに携わる宇宙工学研究者の久保勇貴(くぼ・ゆうき)さん。彼の宇宙工学への「偏愛」はどのようにして生まれ、どのように仕事に結びついているのか。仕事への考え方やその背後にある想いを聞いた。


宇宙空間で面白いことしようぜ



――JAXAではどんなお仕事をされているのでしょうか。

主に宇宙機の制御をテーマにした研究とプロジェクトを半分半分でやっていて、今はどちらも「トランスフォーマープロジェクト」というものに携わっています。まだプロジェクトの卵というか、「ワーキンググループ」っていう研究グループみたいな感じなんですけど。

――「トランスフォーマープロジェクト」…?

ロケットで打ち上げた宇宙機を宇宙空間でガチャガチャ変形させて、面白いことしようぜっていうプロジェクトです。たとえば宇宙には天体の重力と公転の遠心力が釣り合う「ラグランジュ点」という地点があって、そこは天体の観測に適した環境なんです。そこまで飛んでいって、望遠鏡モードになって色んなものを観測できるようにしたりとか。

――すごい技術…。世界のどこかですでに実用化はされているんですか?

いや、そういうことをやろうって言ってるのは、たぶんまだこのワーキンググループくらいじゃないかと思います。そもそも宇宙空間でモーターを使ってものを動かすのってすごくリスキーなんですよね。真空だと油や潤滑油がぜんぶ飛んじゃうから、基本動かさないことがセオリー。こんなガチャガチャ変形させようとしてるのはうちぐらいです(笑)

――世界でも類を見ない取り組みなんですね。

うちのワーキンググループでは、「新しい工学」や「新しいものづくりの技術」をコンセプトにしています。何の役に立つか考える前にまず作ろうよ、それができたらきっと面白いアイデアが生まれるから、って。その新たな一歩が、今やってるトランスフォーマープロジェクトなんです。


トランスフォーマープロジェクトのイメージ(提供 : 久保さん)

「好き」に導かれてここまで来た



――そもそも宇宙工学に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。

ガンダムです。小さい頃からずっと好きで。初めはガンダム好きの友人に影響されてプラモデルとかアニメに興味を持ちました。ものが動いたり変形することにすごく惹かれてしまうんです。

――ものが動くことの何に惹かれてしまうんでしょう。

んー、正直自分でもなぜ惹かれるのか分からないんです。分からないけど、惹かれてしまう。なんだろう、単純にかっこいいんですよね。

――その「なぜか分からないけど好き」という気持ちが現在までずっと続いていると。

そうですね。結局は「好き」とか「かっこいい」っていう感覚に導かれて今ここにいる感じです。いつかはガンダムを作りたいと極秘計画を立てています(笑)

――久保さんなら本当に作っちゃいそうですね(笑)はじめは機械が動くのを「見る」のが好きだったと思うのですが、自分の手で動かしたいと思うようになったのはいつ頃からなのでしょうか。

高校生くらいの頃からだと思います。高校で物理、大学で工学を学んで、ものが動く仕組みが分かった。そしたらやっぱり自分でも動かしてみたくなったんです。知ることでより好きになって、好きの幅も広がった。色々と試行錯誤して「おお、動いた!」っていう瞬間が楽しいです。


ファミレスの配膳ロボットが気になる



――そうした「動く機械」への目線は日常生活にも?

結構ありますね。たとえばファミレスでネコの配膳ロボットが「ニャア」とか言いながら料理を運んでくるのを見ると、「これはどこのセンサーで何を見てるんだろう」とか自然と考えています。やっぱり目の前のものが動く仕組みが気になってしまうというか。それでその仕組みが分かったら、今度はどう応用しようかということを想像したりしますね。

――応用するところまで!

あと、以前テレビで放映してた掃除機の新製品のCMで「吸引力の強さを示すために2.5kgのおもりを持ち上げる」というものがあったのですが、工学の視点から見るとどう考えてもおかしくて。どうしても放っておけなくて、実際に家電量販店に足を運んで体験してみたり、その仕組みを計算したこともありますね(笑)これがそのとき作った検証画像の一つです。


(提供 : 久保さん)

――これは…ちょっと何かに取り憑かれてますね(笑)何が久保さんをここまで突き動かすのでしょうか?

職業病みたいなものですかね。気になってしまったら最後、考えて検証せずにはいられないというか…(笑)ものごとを考えたり検証すること自体も好きなんですよね。考えごとをしながら散歩をして、気づいたら1時間経ってたみたいなことはよくあります。

――実際にやっていることは同じで、それが仕事の領域なのか日常生活の領域なのかの違いでしかないと。そう考えると今の研究職は天職だったのかもしれませんね。

そうかもしれないです。あ、あと研究で思い出したのが、先日友人とキャンプに行ったとき、炊飯に必要な水の量を測るものを何も持っていなくてどうしようかってなったんですね。もちろん適当にやるでもいいのですが、「もし今回失敗したとしてもデータが取れてたら次改善できるよね」みたいなことを仲間に説得して、水の分量や炊飯の時間など色んなデータを記録しながらお米を炊きました(笑)

――そのうち極上のごはんが炊けそうですね(笑)

やっぱりデータがないと何にもならないっていうのは自分の研究の中でもあって。どれだけ上手くいったとしても、データが壊れていたり処理できていなかったりすると成果としてはゼロになってしまうんですよね。反対に、もし上手くいかなかったとしても、データが正確に取れていれば間違った原因をそこから探すこともできる。たぶんそうした考え方が染みついているんだと思います。


宇宙飛行士の夢



――ここまでは主に「機械が動くこと」と「研究」について伺ってきましたが、機械が動くことへの興味がどのようにして「宇宙」と結びついたのでしょうか。

小さい頃の夢が宇宙飛行士だったんです。物心つく頃には「宇宙飛行士になりたい!」と思っていて。宇宙オタクというわけではなかったのですが、宇宙飛行士という存在に漠然と惹かれるものがあった。それが工学への興味と結びついていった感じです。

――そしていつしか宇宙飛行士よりも宇宙工学に惹かれるようになった。

いや、実は宇宙飛行士になりたいっていう気持ちは今でも変わらずにあるんです。先日、十数年ぶりの募集があったのですが今回は落ちてしまって。でも次の募集があれば受けるつもりですし、宇宙飛行士の夢は諦めていません。

――宇宙飛行士という職業になりたいのか、それとも宇宙に行ってみたいのか。どちらの欲求が強いのでしょうか。

宇宙飛行士という職業をやりたいというよりは、宇宙そのものに惹かれるというか。たぶんそれは、自分がなぜ生きるのか、なぜ生まれたのかみたいな哲学とすごく共鳴してる気がしているんです。なんか、地球上に縛られながら生きてるような感じが昔からあって、その感覚から自由になりたい。そういう根源的な欲求がある。

――地上を離れて宇宙に飛び出る、いわば二次元から三次元へ移るような。

そうですね。自分が実際に宇宙に行ってみてどう思うかっていうことに興味があるんですよね。それを確かめてみたい。でもさらにその根本には、人はなんで死ぬんだろうとか、死ぬことが怖いという感覚がある。これは幼い頃からずっとある感覚なんです。

――それが先ほどおっしゃった「なぜ生きるか」という哲学につながってくると。

死んでしまうことに少しでも抗いたいっていう気持ちがあります。結局は死んでしまうけど、今は仕方なく生きてしまってる。じゃあもう楽しむしかないじゃん!って。このままぼーっとして死ぬのはもったいない。それが原動力というか、根っこの部分にあるかもしれないです。


(提供 : JAXA/NASA)

強い動機と結びつくからこそ、自分だけの研究になる



――そうした「哲学」は仕事においてどのように作用するのでしょうか。

研究で言えば、個人の内的動機がより大事だと思っています。どんな心構えで研究に臨むかによって、出てくるものがまるで違ってくる。理系の仕事って「なんか計算してデータをまとめて…」と思われがちなのですが、そうじゃなくて、自分がやりたいこととか自分にとって本当に重要なことがあって、研究がそこに結びついてないとどうしてもやりきれない/やり通せないように思います。

――つまり研究それ自体はあくまで「手段」であると。

そうとも言えるかもしれません。やっぱりデータを取って処理するだけだったら誰がやっても同じかもしれないけど、自分の強い動機と結びつくからこそ研究が面白くなっていくというか、「その人の研究」になっていくと思うんです。

――仕事において「自分はこうしたい!」という個人的な動機と、「世のため人のため!」という社会的な動機のバランスをどう考えていますか?

もちろん、宇宙分野の裾野を広げたいという気持ちはあります。宇宙研でやっている特別公開やイベントの目的はまさに社会的なところにあると思いますし。だけど根本の部分では自分がやりたいという動機でしか動いていない気がします。結局、世のため人のためというよりは、自分の哲学を解明したり、欲求を満たしたいという気持ちの方が強いんですよね。

――それが利己的であれ利他的であれ、情熱を持って取り組むことが、結果として誰かの心に響くのではないかと思います。

そうだったらいいなと。ちょっと無責任かもしれませんが…。たださっきも言ったように、研究でもプロジェクトでも、やっぱり自分の好きなことや自分にとって重要なことと結びついていないとモチベーションを持って取り組み続けることはできないんじゃないかと思います。

楽しいことして生きていく



――これからの展望を教えてください。

国際宇宙ステーションで小型のロボットを使ってガチャガチャ動かす実験が仮採択まで行っていて、今年の秋に審査があるんです。その審査に向けた実働部隊で、まさにいま実験などに取り組んでいます。宇宙ステーションの中にロボットを浮かせて変形させるっていう。

――それは楽しみですね!あとは宇宙飛行士と、ガンダムを作ること(笑)

宇宙飛行士はなりたくてなれるものではないけど、でもやっぱり目指し続けたいです。あとせっかく日本に生まれたんだし、ガンダムは作りたいですね(笑)夢みたいなプロジェクトだけど、やっぱり面白いことをやりたい。

――将来的にもずっとJAXAに居続けたいと思っていますか?

そうですね。ただ、今自分がいるのはJAXAの中でもどちらかというとアカデミックの領域だから、ゆくゆくは准教授とか教授になっていくようなコースに近い方にいるんですね。でも自分の根っこにある欲求を見ていくと別に教授にならなくても本当は良いんじゃないかと思うこともあって…。

――「職業」や「役職」よりも「何をやるか」の方が重要だと。

やっぱり今の環境は自分の好きなこととかやりたいことをやれてるっていうのが大きいです。はじめに言ったトランスフォーマーのプロジェクトで、今はまさに自分の興味とやってることが一致しているから。まあやれるとこまでやってみて、ダメだったらまた考えればいいかという感じです。とにかく今が面白いから続けてる。

――さいごに、久保さんにとって「働く」とは?

いかに好きなことだけやれる道はないか探すこと。わがままだけど、楽しいことだけをやって生きていきたいんです。今も「働いている」というよりは「好きにやってる」っていう感じで。あんまり仕事に対して、仕事と思ってないかもしれないです。もちろんやりたくないような仕事もあるけど、総じてだいたい楽しいですから。

久保勇貴(くぼ・ゆうき)1994年生まれ。宇宙工学研究者。宇宙機の制御工学を専門としながら、JAXAのはやぶさ2・OKEANOS・トランスフォーマーなどのさまざまな宇宙開発プロジェクトに携わっている。太田出版のWebマガジンにて「ワンルームから宇宙を覗く」、オンラインメディアUmeeTにて「宇宙を泳ぐひと」を連載中。


編集後記


「好きな理由があるから好きなんじゃなくて、好きだから好きな理由ができる。」久保さんのお話を伺いながら、とある作家のこんな言葉を思い出した。久保さんが「宇宙工学」に惹かれる理由を探っていくと、結局「よくわからない」という場所に辿りついてしまう。けれども、久保さんはその「なんかよくわからないけど惹かれてしまう」という心の動きを信じて道を選んできた。自分が好きなものをためらわずに好きだと言うこと。その気持ちと仕事との間に境界線を引かないこと。そんな少年のような心を持ち続けていることが、久保さんの魅力につながっているのだと思う。

(取材/編集 椋本湧也 ☑︎

この連載のアーカイブ

★植木屋 / ランドスケープデザイナー 谷向俊樹さん「庭の完成はつねに未来にある」【偏愛仕事人インタビュー#3】
★ファッションデザイナー 志和木来さん 「生地への偏愛」【偏愛仕事人インタビュー#2】
★宇宙工学研究者・久保勇貴さん「ものが動いたり変形したりすることが、単純にかっこいい。」【偏愛仕事人インタビュー#1 】

連載もの: 2022年09月28日更新

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