2018年08月06日更新

脱いで脱いで脱いでーーあわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.2

お笑いコンビ「あわよくば」のファビアンさんが妄想の赴くままに書き綴る、仕事をテーマにしたショートショートシリーズ第2弾。ベッドの中などでお楽しみください(編集部)

せっかく、あらゆることから解放された今、事件のことを記しておこうと思います。
 
私が仕事から家に帰って最初にすること、それはストッキングを脱ぐことです。

私はストッキングが嫌いで仕方がありません。全方向から足を縛り付けてくるからです。女の子ならわかると思います。ムズムズするあの感覚。仕事に集中していると何も感じないけれど、終わったらもうダメなのです。脱ぎたくて仕方がありません。疲れもあり、足の皮膚がうまく呼吸できていないのがわかります。どんな正当な理由があって、毎日毎日、私の足を束縛するのでしょうか。

私はその日も帰ってくるなり、電気もつけず、ストッキングをズリ下ろしました。それまでは良かったのです。しかし、その後……。

当時のことを書く前に、もう少し私のことについて書いておこうと思います。私は彼氏や親に束縛されるのが好きではありません。メールを見せろと執拗に迫ってきた高校時代の彼とは別れたし、「大学に行け」と口うるさく言ってきた両親の反対を押し切り、卒業式が終わるとその足で上京しました。

18歳の春でした。そんな少し破天荒な私が、物理的に足を縛り付けるストッキングなど愛せるはずがないのです。ストッキングを履くという文化が日本のOL界に根付いているのを、恨んだこともあります。デモ行進でもしてやろうかと思いました。バラエティ番組の罰ゲームなどで、タレントさんがストッキングを顔に被って引っ張られたりしていますが、私の足は毎日罰ゲームをしているようなものです。しかも誰も笑ってはくれません。

では、なぜ私がこれほど嫌いなストッキングを履いているのでしょうか?パンツスーツにすればいいのでは、と思う方も多いでしょう。私もそうしたいのですが、その願いは叶いません。私は下着メーカーに勤めているのです。もちろん女性の肌着部門。詳しく言えば、大嫌いなストッキングのデザインをしています。こんなミスマッチがあるでしょうか。まさに「水と油」。いや少しでもオシャレと思われたいので、「水素水とオリーブオイル」と書いておくことにします。
 
東京へ出てきた私はアルバイトをしながらお金を貯め、20歳からウェブデザインの専門学校に通いだしました。そこでPhotoshopやIllustratorの基礎を叩き込み、HTMLやCSSでのコーディングも学びました。卒業後、先生の紹介で今の会社に就職。

最初はHPのデザインをしていましたが、人手不足でストッキング本体のデザインもすることになりました。オーソドックスなもの・冬用のタイツ・ニーハイなど、ありとあらゆるものを企画しました。私のデザインしたものが街で売られているのを見ると、センスを認められた気がして素直に嬉しいのは事実です。またテレビで有名人の方が履いていたと報告を受けると、この仕事をしていてよかったなあと感じることもあります。
 
今は、デザインに加えてストッキングのモデルもしています。私のうつった写真は主に納品するメーカーへの資料用なので、一般の方の目にとまることはないのですが、取引先の方には見られます。先方が我が社に訪れた時に、私がストッキングを履いていないとがっかりされることもあります。だから私は社内でいる時もストッキングを履くことを課せられているのです。もちろん、どれくらい働いたら伝線するか、とか、より足が細く見えるデザインはどれか、などの実験も兼ねています。デザイナーとして勉強にはなりますが、その事が日に日に私のストッキング嫌いを加速させるのです。
 
私は頑張った日にはアイスを買って帰ることにしています。100円のではなく、300円くらいするイイやつです。しかし高級アイスを食べている時より、ストッキングを脱いだその瞬間の方が幸せです。脱ぐと開放感に包まれ、やっと1日が終わった気分になります。そして「自分お疲れ様」と足に言葉をかけるのです。生気を取り戻した私の足は、たくさんの酸素を吸って吐き出します。すると今まで疲れていたはずなのに、再び行動する元気が湧いてきます。その時、私はジムに行ったり散歩に出かけたりします。1日が2度あるようで贅沢な気分です。
 
仕事帰りに予定があっても、家に帰れる時間があれば帰ります。もちろんストッキングを脱ぐためです。時間がないときは、駅のトイレで脱ぐこともあります。オフィシャルな私から、プライベートな私へと生まれ変わった気がします。開放感と背徳感に包まれます。そして繁華街へと繰り出すのです。大げさかもしれませんが、仕事モードの時と景色が違って見えます。ストッキングを履いている時と履いていない時では、お酒の味も全然違って感じます。
 
ここでストッキング嫌いの私の、オススメの脱ぎ方を紹介しておきます。

1:普通に脱ぐ
  (→ 買ったばかりのストッキングにオススメ)

2:スカート・ストッキング・パンツ、3つを一気に脱ぐ。
  (→ 一番の開放感を得られる)

3:ベッドに背中から倒れこんだ勢いで足を天井に向け、上に向けて脱ぐ。
  (→ 誰にも見せられない自分に出会える。大声を出すとさらに良い)

4:腰の横に切り込みを入れ、後ろの部分をドアノブに引っ掛けてダッシュする。
  (→ 横から裂けてゆくスタイル。ストレスが溜まっている時に)

5:足先から少しづつ伸ばし、ハサミで切る。
  (→ 罵詈雑言を並べながら)

気に入ったものがあれば使ってくれれば嬉しいです。

特に5は、切り落としたものをそのまま台所シンクのネットとして使えるので、節約にもなります。
 
ちなみにその事件の日は、2で脱ぎました。

新作ストッキングの試着30つと撮影があったので、家に帰った時はクタクタでした。玄関のドアを閉めると同時に、スカート・ストッキング・パンツを一気に降ろしました。

抑圧されていた下半身が飛び出しました。それはそれは嬉しそうでした。フランス革命で、長年にわたりブルボン朝の圧政に苦しんでいた民衆が蜂起したことを思い出しました。そんな勢いでした。あまりの開放感に自分でも驚き、しばらくベッドで横になっていました。
 
私は、ストッキングが嫌いで仕方がない事を、会社で言う事が出来ません。しかし上司で1人だけ、知っている人がいます。デザイン部門の直属の上司である島さんです。

島さんは私にExcelの使い方・経費の落とし方・美味しいランチの店など色々な事を教えてくれました。彼女は私にとって何でも気軽に話せる先輩であるとともに、友人でもあります。私のストッキング嫌いに対しては共感はできないけれど、理解はしてくれています。彼女はいわゆるぽっちゃり体型なので、ストッキングを脱いだときの足のぷるるん感は私より凄いんだろうなあと勝手に想像していました。そして、どうしてもそれを確かめたくなりました。
 
入社して半年が過ぎた頃、私は行動に移しました。会社のトイレで、背後から島さんのストッキングを勢いよくズリ下ろしたのです。島さんは驚き、恥じらい、赤くなり、最終的にブチギレました。あんなに怒っている島さんを見たのは、後にも先にもあの時だけです。焦った私が同じようにストッキングを脱ぐことによって、その場はなんとか笑いに包まれました。

洗面台の前で下半身裸の2人が笑いあっているのは、なかなかのカオスでしたが、2人の距離が近付いたので結果的によかったと思っています。そして今ではストッキングを脱いだ時の開放感について、私に語ってくるほどです。
 
さて、そろそろ事件の続きを書かないといけません。クタクタで帰宅した私が、一気脱ぎをして、下半身丸出しのままベッドで寝転んでいた事まではすでに綴りました。

そこからです。

私は眠気に負けて寝てしまいました。何時間くらい眠ったでしょうか。意識の薄いなか、下半身に違和感がしてゆっくりと目を覚ましましたのを覚えています。夜明け前のことだったと思います。どんな違和感かと言うと、例のストッキングを履いている時のムズムズです。脱いだはずなのに、まだ履いている感覚がするのです。私は、ぼんやりと青くなってきた空の光を利用して下半身を目視で確認しました。

が、特に変わったところはありませんでした。
 
もう一度眠ろうと、光を遮るように頭の上まで布団を被りました。しかし、ムズムズして寝つけません。どうしたものか。あと一時間半もすると、支度をして出社しないといけません。私は寝返りを打ったり枕の表裏を入れ替えたりしましたが、寝付くことは出来ませんでした。ストッキングを履いている感覚がどうしても拭えなかったのです。
 
その時、いきなり股が痒くなってきたので、掻きました。そして手を戻そうとした時、ウエストにゴムのようなものを見つけたのです。手触りは完全にストッキングのそれでした。少し引っ張ってみると、伸びました。一つの疑問が浮かびました。

「まだ脱げるの?」

私は布団の中で恐る恐る脱ぎました。

脱ぎ終わりストッキングをベッドの横に捨てると、目を疑いました。私が脱いだのは、皮膚だったのです。「ぎゃああああ」と、大きな声を出してしまいました。掛け布団を払い除けました。そこには迷彩柄の逞しい足がありました。詳しく言うと、腰から下はカモフラ柄、足先は茶色のブーツ柄でした。

目の前の現実をどう解釈したら良いのか、全くわかりませんでした。急いでGoogleで「下半身 迷彩」「ストッキング 脱ぎすぎ」「皮膚を脱ぐ」「人体 デフォルト」など検索をかけましたが、手掛かりになるような情報を得ることはできませんでした。
 
私はとりあえず脱いだ皮膚をもう一度履きました。

しかし屈強になった下半身のサイズはそのままで、筋肉が隆々とした状態から戻ることはありませんでした。対処のしようがありません。そうしている間にも出社時間は近づいてきます。今日は必ず行かなければなりません。なんせ、島さんの誕生日なのです。ディナーは私が予約したし、その前には2人で占いに行く予定でした。

私はクローゼットを開け、2年以上履いていないロングスカートを取り出しました。履いてみると足はすっぽり隠れ、スニーカーを合わせるといい感じでした。ちょっとだけ、ホッとしました。そして「足を内出血して見せたくない」と言い訳メールを会社に送り、返事が帰ってくる前に私服で出発しました。電車に乗っている間に、週末デザイン学校の友人に誘われていた流れるプールに断りの連絡を入れておきました。ミリタリー柄の足を見せたりしたら相手は驚くに決まっているし、私もどんな顔をして見せたらいいかわからなかったのです。
 
出社すると、思いのほか私服に言及する人はいませんでした。カロリー高めの仕事を振られたこともあり、一日中パソコンの前で作業をして過ごしました。ランチを取るのも忘れていました。もしかしたら誰とも絡みたくないという潜在的な意識が、私をパソコンの前に縛り付けていたのかもしれません。

仕事が終わると、先方との打ち合わせで外に出ていた島さんと、中目黒で待ち合わせました。そして占いの館へと向かいました。私服なのは一度ストッキングを脱ぐために家に帰ったからだと嘘をつきました。島さんに嘘をついたのは初めてでした。占いにはあまり興味がなかったので、島さんだけ占ってもらい、それもプレゼントとして私がお金を払おうとしていました。

でもせっかくだからと、占い師が私も占ってくれることになりました。色々言われましたが、衝撃だったのは、私の前世が旧ソ連の兵士だと言われた事です。

まさかと思い、ソ連の軍服をググってみると私の下半身と同じような柄でした。私はとりあえずトイレに立ち、朝と同じように皮膚を脱ぎました。入念にチェックすると、ソ連末期のデザインでした。私は1994年生まれなので、前世の人はソ連が崩壊し、ロシアになってすぐに亡くなったのかもしれません。
 
その時でした。

私は自分のウエストにまたゴムがあるのに気がつきました。さらに脱げるのでしょうか。気になって一気に迷彩の皮膚を引きずり下ろすと、上から半ズボン柄、ボーボーの金髪のすね毛柄、ハイソックス柄が出てきました。足首から下はスパイク柄でした。前前世はサッカー選手だったのでしょうか。半ズボンがオレンジだったのでググってみると、どうやらオランダ代表のようでした。と、その時、ノックされたので、私はとっさに自分の本来の皮膚を履き、兵士の皮膚をバッグに詰め、トイレを出ました。そして何事もなかったように席に戻りました。その後、将来出会う男性だとか、何歳で結婚するかについて占ってもらいましたが、私には全然響いてきませんでした。

もっと脱いだらどうなるんだろう。頭の中はそれだけでした。
 
島さんとのディナーを終えました。正直、全く祝う気にはなれなくて、早く終わらないかなと思っていました。最低な女かもしれませんが、人の誕生日より、自分の体です。私は家に着くなり、まず自分の皮膚と兵士の皮膚をハンガーに吊るしました。そしてサッカー選手のウエストに手を当てると、またゴムを発見しました。次は何が出るのだろうと、ワクワクしました。脱ぎおろすと花柄の足が出てきました。さらに脱ぐと、作業服柄にManchesterの文字が入っていました。前前前前世の私は産業革命真っ只中のイギリスで働いていたのでしょうか。

さらに豊臣家の紋章の入った袴、ヴァロワ朝の衣装、十字軍の鎧と続いて行きます。それから何枚か脱ぎましたが、風変わりは少なく、農民風な皮膚がどんどん出てきました。そして作業を始めて2時間ほど経過した頃、遂に、獣皮の腰巻きにたどり着いたのです。どこの国のものかはわからないけれど、石器時代だろうなと思いました。私は自分の全ての前世を知ることができました。

コレクションを拝みたくなった私はハンガーを使って自分の皮膚を部屋中に吊るし、写真を撮りました。とてもインスタ映えのする光景でしたが、確実に心配されるのでアップするのはやめておきました。
 
朝がきました。

私は起きて1時間くらいの間が、最も頭が働き、何かを閃く時間帯です。昨日のことを思い出しました。

一番に感じたことは、島さんに悪いことをしたな、ということでした。一応体裁は取り繕っていましたが、失礼なことはなかったか考えました。祝う気持ちが皆無だったことを何処かで気づかれていたかも知れません。
 
ということで、今日改めて島さんを祝うことにしました。マジックを披露すると言って、ストッキングの早脱ぎをすることにしました。さらに一箇所に「あたり」と書き、島さんに「ストップ」と言ってもらい、当たったら今日もディナーをご馳走しようと考えました。「サプライズストッキング大作戦」です。私は上から20枚目の農民を「あたり」にしました。

そしてどんどんストッキングを履いていきます。幸い、石器時代のものは私と似た足のサイズだったので、今日はロングスカートで出社しなくても大丈夫でした。
 
ランチの時間、島さんをトイレに呼び出しました。

「ちょっと、見て欲しいんですけど……」

『何? 変なもん見せないでよ?』

「これ」

 私は1枚目の皮膚を脱ぎ、兵士柄の足を見せました。

『ええええええええ』と目を見開く、島さん。

しかし期待通りの反応に喜んだのは、つかの間でした。

『あんたもなの?』

そう言うと、彼女は自身の皮膚を脱ぎました。

すると、桜の着物柄の足が飛び出しました。

「わああ。島さんもですか?」

『うん。この脱皮でずっと悩んでたの。誰にも言えなかった』

「私もです。もしかして前に激怒したのって……」

『あんたが勝手に脱がそうとしたからよ』

「ごめんなさい」

同じ境遇の人と出会えたことと、それが島さんであったことを、内心私は嬉しく感じました。

『この前の占いで、前世が演歌歌手って言われたの』

「私はソ連の兵士でした」

『何か関連ありそうね。もう一枚、脱いでみた?』

「はい」

私はサッカー選手の皮膚を見せました。島さんは「別子」と書いた作業服でした。前前世は炭鉱夫だったのでしょうか。島さんは、それ以上脱いだことがないのだと言いました。

私は限界まで脱いでみましょうと提案し、二人でどんどんストッキングを脱ぎました。先にトイレのドアには鍵をかけておきました。

島さんは私より7枚ほど早く、獣皮の腰巻きまでたどり着きました。寿命は人それぞれ違うのに、7枚しか差がないことに驚きました。

「これで終わりですね」

『ん? まだあるじゃん』

「え」

よく見ると、二人のウエストにはまだゴムがありました。しかし、これ以上脱ぐとどうなるのか、予想もつきません。

「まだ脱いでいいんですか?」

『ここまで来たら脱ぐしかないでしょ』

それもそうだなと思い、私たちは挑戦してみることにしました。

まだ見ぬ自分へ。

二人とも自分の腰のゴムを掴みました。

「せーのっ」 

一斉に皮膚を引き摺り下ろしました。すると今まで味わったことのない、開放感でした。軽い、軽すぎる。体が浮いているようでした。と言うか、実際に浮いていました。

私の下半身から現れたのは、グレイの羽でした。

どうやら私の前前前……世は、鳩だったようです。

島さんは逆に、重たそうでした。何と、下半身が馬になっていたのです。私は泣きそうになっている島さんを、トイレの中を羽ばたきながら見ることしかできませんでした。私たちが政府によって、国家機密として保護されたのはそれから2日後のことでした。

今、3度目の検査とカウンセリングが終わり、この文章を書いています。

私がこれからどうなろうが、記しておきたいと思いました。島さんは、最後の一枚からさらに脱いだことを後悔していましたが、最近、徐々に現実を受け入れ始めました。「シマウマー」と最新のあだ名で呼ばれ、検査に向かう彼女の4本足は非常に逞しく見えました。

作:ファビアン(あわよくば)

※このお話はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり実在のものとは関わりがありません

バックナンバーはこちら→あわよくばファビアンの仕事ショートショートvol.1:ゲーソナルコンピュータ

読みもの&流行りもの: 2018年08月06日更新

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